2020.12.24 Thu.

  今回「使う人」に登場いただくのは、神奈川県は一大観光地である箱根のお膝元で200年以上酒造りを続けられている井上酒造さん。その7代目当主・井上寛さんにお話を伺った。
 井上酒造さんが選んだ電気は、同県小田原市桑原にある「おひるねみかん発電所」。ほのぼのとした「おひるね」の言葉には、日本中で増えつつある耕作放棄地に対する想いや、その解消に向けた取り組みの意が込められ、実践されているのは農業振興の起爆剤ともされるソーラーシェアリング。そして井上当主に伺ったお話にあったのも、全国の地域、そして農業が抱える問題と、それらに自然体かつ効果的に対峙する姿勢だった。
 前後編、老舗酒造の写真と共に、お楽しみください。
ーこの9月に切り替えられたとのことで、いつから電気について意識されるようになったんでしょうか?
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井上 電気については、それこそ水道の蛇口をひねれば水が出るのが当たり前のように、スイッチさえひねれば灯りはつくし、テレビも見れるしという、その程度でした。ですから、この電気の素が何で、どこで発電されているかということには、まったくの無頓着でした。
ー何かきっかけがあって、意識されるようになりましたか?
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TBSテレビ『あさチャン!』(11/26放送)で、「顔の見える電力」が活かされた事例として紹介いただきました

井上 それはやはり、この前テレビの取材もありましたが、小山田くんと6、7年前に知り合って、彼と付き合いながら、それこそCO2も含めた環境の問題とか、彼が関係しているセミナーとかイベントに参加することで、強く意識するようになりました。
 特に日本酒にはまずお米が必要で、加えていい水が必要最低条件になります。そうなると、米は非常に自然の状態に左右されるわけです。長年この商売に携わっていると、毎年同じ産地、品種、同じ農家さんのものを買わせていただいても、その年によって粒の大きさや組成の違いがある、そういうことを常に感じていました。
 ですから、やっぱり「人間、自然の力には抗えないな」ということは痛切に感じてきました。となると「自然が壊されていく」というか、そういった負の影響を環境に与えるようなものを我々がつくり出すことに関して、非常にこう、認識を改めたということはあります。
ー何らか近年、周辺の環境で明確な違いは見られるようになったんでしょうか?
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こちらは今も順調な方の井戸

井上 特別何かと言われると、うちが酒の仕込みに使っている井戸が2本あります。そのうち1本の水量が極端に減ってきています。その現実を受け、私たちも「これは何ごとか?」と。そもそも井戸水は当然、雨水が地中に染み込んだ循環の賜物なわけです。
 最近話題になる激しい雨は、それはそれで一時的なもので降る時はドンと降るんだけれども、それ以外の要素をトータルにすると、いろいろな環境変化の中で「雨の降り方も変わってきている?」ということを感じています。
 この点について全然根拠はないんです(笑)。
 でも、そういうことをここ最近、考え始めていたという背景はあります。
ー寛政元年の創業で、代々受け継がれてきた酒蔵の当主として敏感にならざるをえない変化がある。
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井上 うちは創業230年、私で7代目です。できれば次の代に繋げていきたいという、そういった想いは当然あります。
ー酒蔵と電気と言いますと、おのずと3.11後に会津電力を立ち上げられた大和川酒造・佐藤弥右衛門さんを思い出します。
井上 電気をつくってらっしゃいますよね。会津電力さんに関しては、それこそ小山田くんの関わっている「エネルギーから経済を考える経営者会議」というものがあります。それは、この界隈を地元とする鈴廣かまぼこさんの副社長が立ち上げられました。
 それは、「『原発いらない』と言ったところで先に進まない。では、原発じゃない他の電力、つまり再生可能エネルギー(以下、再エネ)をみんなが使うようになれば、おのずと原発はなくなるよね」という、そんな想いではじめられた会です。そこでまとめた単行本があって、その本に大和川酒造さんが登場されるので、それを読んで存じ上げています。
ーお酒には米と水が必須です。それらと日々真摯に向き合われている酒蔵さんは、特に環境の変化に敏感なのかなと感じています。
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井上 その通りです。ある意味ずっとこの商売を見て、ここで生まれ育っている中で、普通に自分の中に抱き続けているのは「自然への畏敬の念」みたいなものだと思います。そして、それは「持っていないといけないもの」と思います。
 そもそもこの、地球環境があるわけです。現代のCO2の問題にしても何にしても、そういうことがメディアで語られる前に、我々自身が常に気持ちの中にそこを抱いていれば、言われるまでもなく「これはやり過ぎ。少し抑えよう」といった気持ちになるはずなんだけど、現実にはそうなりません。
 それはやはり、今ある環境が「当然続いていくだろう」という風に、疑問を持たずに過ごしてしまっている部分が大きいと思います。
ー現代人の、自然に触れる機会や回数が減っている。
井上 それでいて自分は電気を使って、勝手に居心地がいいような環境をつくってしまっています。しかも熱効果だって外に逃げていってしまって無駄になっているのに、そういう風になっていることすら意識していません。
ーここは、あまり掘り下げると、ただただ暗澹たる気持ちになる部分な気がします、、
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井上 そうですね(笑)。
 現代の酒造りは、電気がないと成り立ちません。一番大事なのは、いわゆる発酵のスピードのコントロールです。それはどうするかというと、発酵が早過ぎた場合には醪を冷ましてあげる。温度を低くすることで発酵も遅くなり、逆の場合は温めてあげるわけです。どちらの作業も電力を使います。
 それ以前には、お米の澱粉を糖化させる「麹づくり」という工程があります。その麹をつくる部屋は、真冬に仕込むのにも関わらず温度を35度くらい、つまり菌が活動しやすい環境を保たねばなりません。
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ー小山田さんとの出会いはどのようなものだったんでしょうか?
井上 もう10数年前になりますが、この地域の活性化を試みるグループがありました。今、それこそ小山田さんの社名になっていますが、「かなごて」という地域の通称があります。
 それは「神奈川県御殿場口」と言って、そもそも神奈川県は横浜をはじめとした東側が脚光を浴びているわけです。かたや西のはずれは静岡県と接し、そこに一本超ロ−カルな御殿場線という電車が走っています。そのエリアを総じて「かなごて」と呼び、そこでもっと「地産地消とかやっていこうよ」という動きがはじまった時に出会いました。
 地域の特産品をつくって売り出したり、そのローカル線が一時間に一本くらいしか走っていないので、そこを逆手にとって「それぞれの駅に一つずつある酒蔵を巡ろう」、「次の電車が来るまでの1時間で各酒蔵を見て回って電車に乗り、隣の駅に移動していくツアーをつくろう」とか、いろいろなアイディアが出ていました。実現せず、現状立ち消えていますが(笑)。
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井上さんのお話に何度もお名前が出てきた、小山田さんの農地とソーラーシェアリングの発電所。コロナ禍にはじまったオンライン発電所ツアーの初回もコチラでした

ー当時の、まだ「発電しよう」ではまったくない、しかし地域を考えるためのネットワークがエネルギーの取り組みに繋がっていった。
井上 繰り返しますが、まずは「米」なわけです。
 それで地元の農家さんといろいろお話する中で、皆さん「米をつくっていても生活できないよ」と言うわけです。表向きには「最低買入価格」というものが決まってはいますが、実際にはそれを下回るような価格でしか米は売買されません。
 もう一つは、やはりこの小田原エリアに限っても、耕地面積の約20%が耕作放棄地になってしまっています。ということは、耕作放棄すると環境的にも雑草が生え、里山の風景は失われ、おのずと農作物にも悪影響を与えるような状態になってしまう。
 これは「何とかならないものか」と考えているところに5年前頃、「耕作放棄地で稲作をしてるよ」というグループと出会いました。そして彼らと話し、「酒米を買わせていただきます」ということになったんです。彼らにしてみれば、売り先が決まって、価格もある程度わかってさえいれば、非常に安心してお米をつくることができる。
 そこからはじめて、最初のグループは小田原市で、次はこの大井町でもやはり「じゃあ、オレたちもやるよ」というグループが現れ、彼らにも耕作放棄地で栽培してもらうことになりました。
 実際に自社で米の栽培までやられている酒蔵は、結構あるんです。ワインで言えば「テロワール」という、そこでウチは自社でつくってはいないんですが、逆に「耕作放棄地での栽培」ということを大事に、少しでも地元の農業に貢献というか活性化、応援できるようなスタンスでやらせていただきたいと思っています。地元でお金がまわっていく状況をつくりたいんです。
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地方、そして農業が苦境に立たされているのは、今にはじまったことではない。根幹にある原因により敏感な方々が
いち早く動き出し、自然といろいろなことの好循環を生み出しているという、勇気をいただけるお話。後編もお楽しみに

 

(取材:平井有太/協力:利岡憲)
2020.12.03 thu.


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