2020.04.30 Thu.

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2010年8月、当時の天皇陛下と皇后陛下が研究所に見学に来られた時の説明対応風景。
この時ばかりはドレスコードの白服着衣の上、当然のことながらサングラスも外している

  新型ウイルスの出現と人類の環境破壊は、密接に関係している。
 しかし、その根幹にあるのは南北諸国間の経済格差であって、そこに目を向けないことには、問題はずっと解決できない。「え、それってハードル高過ぎないですか?」という聞き手の気持ちに対して、「実は解決の鍵は、日本に昔からあるライフスタイルになる」と語る、国立環境研究所・五箇公一先生。
 江戸時代における庶民の生活は実は生態学的に正解だし、かと思うと、みんな電力が標榜する「分散型」という価値観が出てきて、さらには期せずして、いとうせいこうさんが始めたカルチャーを守る取り組み、「Music Don’t Lockdown=MDL」にも連続講座が設けられている「利他行動」についての言及までがありました。
 伺えば伺うほど、このタイミングで先生のお話を伺えたことに必然性を感じるインタビュー。そもそものきっかけをつくってくれた、エネルギー女史・上田マリノさんのご尽力に大感謝。そして本記事が、多くの方々にとって、コロナ以降を考えるきかっけになればと願いつつ。
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やはり、五箇先生にはこのサングラス、リーゼント、長髪の姿がしっくりくる

五箇 ここまで人間は現代社会をつくってきて、すでにある「安心で便利なものをすべて捨てろ」とは言いません。
 それよりも問題は、いかに日本という限られた資源の中で、インバウンドだけに頼らず内需を拡大させながら生きていくか。新型コロナの後、インバウンドに頼ることのリスクは顕在化し、しかもそんな簡単にすべては復活できないし、させてはいけない。となると、第一次産業という、日本の環境の中でまわせる産業をベースに、「いかに地方経済を再興できるか」ということがコロナ災禍後の日本の重要課題となります。
 地方再生にあたっては、若者を地方に呼び込み、定着させることが大きな課題だったわけですが、これまでのように「やっぱり田舎は不便で嫌だ」みたいなことは、今はもう問題ではなくなってきています。
 今やこうして取材もネットで可能となっており、情報のやりとりに地域間のバリアーはどんどん低くなっている。現代のインフラとIT技術を発展させていけば、医療もいずれ、遠隔からのバーチャル診療が可能になるでしょう。同時にVRの進化で海外旅行を疑似体験することもできるようになれば、人がわざわざ遠くに行く必要もなくなる。そうなれば、地方に住むことになんら不便はないし、家は建てられるし、安心して子育てできるしで、若い人たちもにとっても地方は住みたい環境となるでしょう。
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 地方の人口が増えることで少子化も高齢化問題も解消され、経済が活性化され、循環型の地方社会を取り戻していく道筋ができます。
 世界の各地も同様に、それぞれの国や地域で歴史を振り返り、どのようなサステナブルな社会が築けるかを考えていかなければいけない。それこそが地域固有性です。生物に固有性があるように、人間社会にも経済にも固有性がある。そういう固有性に立ち返る。
 その意味で、これまではその本質に逆行してきて、世界中の国々がグローバル化の流れの中で世界の画一化を目指してしまったがために様々な環境問題が起き、果てに、新型コロナのパンデミック(世界的流行)を招いてしまった。このウイルスからせめて学ぶべきことは、グローバル化から脱却して、「自分たちの足元から経済や社会をつくっていこう」というローカリゼーションを見直すこと。人が地方に住むことで里山的な自然の管理が可能になり、生態系の復元にあわせて外来種問題も解決していくことになるでしょう。
 今、鹿とか猪、熊の出没が増えているのも、本来なら人と自然のバッファーゾーンだった里山エリアに人が住んでいないから、彼らは簡単に人間社会に降りてきているわけです。現在の鳥獣被害を解決するには、動物の世界と人間界の間の線引きをすること。
 人間社会に進出してくる野生動物は本来食べて排除すべきなんです。彼らも、里に降りたら殺されて食べられるとわかれば、降りて来なくなります。
 昔はそういった人間と動物の間に不文律の境界線がありました。こちらが彼らの住処である奥山に入れば彼らに襲われて危険だし、彼らもこちらの人間界に対して常に警戒心があって、お互いにできるだけ接近は避ける。それで自然界との共生のバランスがとれていたわけです。
—先生の仰る、いわゆる「ゾーニング」の必要性ですね。
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夏休みスカイツリー大昆虫展講演会

五箇 「正しい線引きを図る」ということが、自然共生です。
 世界的に見ても現在、野生動物の世界へ人間社会が農耕や都市化で食い込んでいくことで、野生動物自体が人間界から持ち込まれた感染症によって絶滅の危機を迎えているという事態が起こっている。逆も真なりで、彼らの世界の感染症も我々人間世界に急速に接近している。ゾーニングは人間と野生生物の双方の安全保障の問題として、今後真剣に考えていかなくてはなりません。
 いろいろと問題点を示してきましたが、決してこれからの未来について悲観的になる必要はありません。ここまで来たら、グローバル化からローカリゼーションへのパラダイム変換をやる。必要な技術はすでにあるわけで、今後は「地方で生きることも何不自由なく可能だ」ということを具体化していけばいい。
 もう、効率性だけを求めるのではなく、未来に続く持続性を考えていくことが大事です。
 生き物の世界も同じで、一瞬パッと数を増やして、一瞬の繁栄で消える生き物は、進化生物学的に成功者とは言えません。何万年、何億年と脈々生き続けて遺伝子を繋げ続けている生物こそが真の成功者といえます。それが持続性であって、持続性に成功した生物たちは無駄なことをしないんです。無駄に資源を消費しないし、無駄に増えることもしないし、うまく隠れながら生きている。
 ゴキブリなんてその最たるもので、彼らはあの格好で3億年、”目立たぬようにはしゃがぬように”生きているわけです(家の中ではうじゃうじゃいるイメージですが、自然界では慎まやかに生きてます)。
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小笠原の原生林調査風景

 そう考えると、持続性というのは「無理をせず」、「採り過ぎず」という生き方が一番大事なんだろうなと気付かされます。生き物から学べることはたくさんあるんです。
—みんな電力として先生の話が腑に落ちるのは、「分散化」という観点です。電力も、巨大な会社が大きな施設で一気につくって分配するのではなく、誰もがそれぞれの地域でそれぞれに発電し、それをお互いで融通しあう社会と言いますか。
五箇 地域社会や地域経済がそれぞれ自立しあって、お互いに緩やかに繋がる社会構造ですね。それは、先にも述べた生物界でいうところの「メタ集団」構造になります。その方が、社会全体の安定性と持続性に繋がります。今までは地方の若者がインフラの整備不足や情報格差、文化的な格差の中で、田舎を捨てて都会に集まる傾向がありました。でも今やその部分でも、若い人はテレビすら見ないくらい冷めて、疲れ果てている。
 そう考えると、「田舎でゆっくり暮らそう」という流れをつくるチャンスが今かもしれません。「安心して家族で暮らせる」ことが大切な価値になりつつある。
 安心して暮らせる地域コミュニティのベースは、まず老人たちが元気に生活できる環境です。じいちゃん、ばあちゃんが安心して移動できる手段や、集まれるところがなければ、彼らは楽しみを失い、老化はいっそう進み、介護の負担が大きくなってしまいます。そして、そういう地方を若者は避けてしまうでしょう。まずは高齢者が安心して暮らせるまちづくりが優先事項です。
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こうしてテレワークでミーティングや取材するかたちも、今後の地方分散社会のスタンダードとなるのかもしれない

上田 先生には一つの質問をすると、他に質問しようと思っていたことの全部が返ってきてしまうので、すごいですが(笑)。
 例えばプラスチックの話にしても、私も悪いのは「捨てること」と思っていて、流れにさえ乗せられれば、ちゃんと循環するシステムをつくれるはずなんですよね。
五箇 はい。ですから結局のところは「人間のモラル」の問題なんです。
 「ちゃんと洗いましょう」、「モノを大事にしましょう」というシンプルな行動原理が重要で、そうではない「捨てる方が楽」という人間の意識が、悪い結果を招いている。
 だから、プラスチックそのものを悪者にしても意味がないんです。でないと過ちは繰り返される。人間の行動や意識をきちんと改善する流れをつくらないといけません。
 環境保護派の多くがプラスチック産業を目の敵にして叩き、「代わりに天然資源を使ってつくったものを使いましょう」という話になってしまう。結果として、木材資源が大量に消費され、それはしかもリサイクルすらできない、捨てられ、ただ燃やされるだけという本末転倒も起こってしまう。
 であるならば、プラスチックを大事に、再生しながら使うことから考えたほうがいい。全部は無理でも、ゴミはかなり減らせる。
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北海道でマルハナバチ調査風景

 できない理由は手間を惜しんでるからです。今までは中国に汚いプラスチックを送り続けて放置して、今や中国も経済的に大きくなってそれを拒否するようになって、廃プラの持って行き場がなくなってしまった。
 でも、そもそもはそんなゴミだって大事な資源です(笑)。「中が汚れている」という理由で再利用できていないなら、洗えばいいだけの話のはずなんです。
 僕が生態学会など環境保全に関わる世界でよく言うのは、「我々がグリーンなことを語り、研究して生きていけるのも、この国が豊かなおかげです」と。
 食うに困らないからこそ環境問題に向き合い、語れるという状況があり、むしろ経済発展には感謝しなくてはならない。環境問題解決の前提は「経済の安定」で、そのことは忘れてはならない。産業を目の敵にするよりも、いかに産業と資源の持続性を自然サイクルとマッチングさせるか。企業そのものを持続的にまわせるようにすることが、皆にとってウィンウィンなんです。
 企業を潰して経済にとってマイナスな事象が起きると、必然的に国の財政は緊縮し、結局環境にお金がまわらなくなる。だいたい、こういうことを学会で話すとメチャクチャ叩かれるんですが(笑)。
—確かに、敵が増えそうです、、(笑)。
五箇 それも、今は仕方がない(笑)。
 とにかく、社会全体のことを考えれば、グリーンなことだけに目を向けて済むような、そんな単純なシステムではないことは明らかです。
—先生は先ほど、「利他行動」の必要性について言及されました。今、みんな電力が協賛させていただいている「Music Don’t Lockdown」というカルチャーを救うの取り組みがあります。そこでも、「利他的であること」という連続講座が設けられています。
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五箇 本能的に、まったく血縁関係のない赤の他人をも守って助ける習性がここまで強い動物というのは人間だけで、それは「ヒューマニティ(人間性)」と呼ばれるものです。
 進化生物学的に、その形質にどんなメリットがあるかといえば、人間はコミュニティの中で生きる生き物であり、そこで、例えばリスクを冒して自分が命を落としてでも、コミュニティの中の他人を助ける行為をすれば、そのコミュニティの中で自分の家族や子どもたちが「ヒーローの親族」として大事にしてもらえるわけです。
 それは結果的に、自分の遺伝子を残す上で、そういったヒロイズムを持つことは適応的であったと判断されます。また、相互互恵の進化、つまり「お互いに助け合う」という性質を持つ方が、コミュニティの中で子孫を残す時に優位になります。
 実は「自分の子孫を守ってもらう」ということが、「格好のいい」利他行動の最大にして究極の目的となります。
 ところが、そんな利他行動が現代社会においてはどんどん損な形質になっていく。つまり、発展経済の枠組みの中では「他の人と関わらずとも生きていける」という感覚になりがちで、「自分の仕事さえしておけば給料が入ってくるからそれでいい」という意識が蔓延すれば、家族コミュニティにおいてさえ、利他的行為は個人的に「損するもの」となってしまい、利己性が優先してしまうようになる。
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スカイツリー講演会でクワガタナカセについて説明。一番のお気に入りCG「クワガタナカセ」は上皇陛下と美智子さまに研究所ご行幸啓時に献上させていただいた

 経済の発展に伴って、人間の社会的な利他的行動原理よりも、より原始的に人間に備わっている動物的な利己的本能の方が、強く出るようになってしまっているのが現状です。それが今の人間社会では、特に東京のような大都会では人間関係の希薄につながり、犯罪や孤独死といった社会的弊害にも繋がっています。
 そこに今、新型コロナが降ってきました。
 我々は今、このウイルスに滅茶苦茶試されています。このコロナは、考えようによっては、社会構造の一つの大きな転換のチャンスです。この異変の中で「我々が何を学ぶか」ということがすごく大事になります。しかもこれは世界全体で起きている事態であって、世界中が共に、未来を考える必然ができているんです。
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五箇公一

1990 年、京都大学大学院修士課程修了。同年宇部興産株式会社入社。1996 年、博士号取得。 同年 12 月から国立環境研究所に転じ、 現在は生態リスク評価・対策研究室室長。専門は保全生態学、農薬科学。著書に『クワガタムシが語る生物多様性』(集英社)、『終わりなき侵略者との闘い~増え続ける外来生物』(小学館)など。国や自治体の政策にかかる多数の委員会および大学の非常勤講師を勤めるとともに、テレビや新聞などマスコミを通じて環境科学の普及に力を入れている。

緊急掲載した五箇先生のお話、いかがでしたか。「結局のところは『人間のモラル』の問題」とのご指摘、響きました。
次回公開は来週月曜日、五箇先生と同じ国立環境研究所・地球環境研究センターから江守正多・副センター長の登場です

 

(取材:上田マリノ/平井有太)
2020.04.17 fri.


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