2016.05.31 Tue.

 

 青山はキラー通り、1990年から東京で最先端を自負するアート好きの眼と心を満たし続けてきた、ワタリウム美術館。そしてその地下にはアート、写真、建築に関する厳選された書籍を扱うミュージアムショップ「オン・サンデーズ」がある。東京にいながら、世界最前線のアート事情に触れられるオン・サンデーズに、どれだけ多くの人間が刺激を受けてきたことだろう。

 そのディレクターは、草野象氏。今回より3回続く記事は氏が、この4月に始まった電力自由化に際し、ご自宅を「みんな電力」に切り替えるという話を聞きつけて実現した。それはもちろん家の主の独断ではなく、家族会議の末決めた切り替えとのことで、奥様の千津子さんも参加。お2人による、日々の生活はもちろん、それまでの生き方、社会との接し方、アートや表現にも直結するお話は示唆に富むものとなった。

 取材当日、みんな電力視察を兼ね、オフィスを構える世田谷ものづくり学校に到着した氏の首にかかっていた、花のかたちをしたソーラーライト。

 話はそこから始まった。

 

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——これは、作品なんでしょうか?
草野象(以下、象) これはベルリンを拠点に活動する、オラファー・エリアソンというアーティストの作品です。この、「リトル・サン」というビジネスでもあるプロジェクトを、アーティストとしてオラファーが立ち上げて、今年でもう3、4年目でしょうか。
 世界中には電力が供給されていない地域がまだまだたくさんあって、人数にすると11億人くらいの人たちが、電力が安定的に供給されていない環境で生活をしているといいます。その地域の人たちは、ないならないなりにいろんな工夫をして、灯油ランプとか乾電池式バッテリーに頼って灯りを得ているんだけど、コストがすごくかかるのと、結局そういう方法で電力を手にしても全然サステナブル(持続可能)ではない。乾電池は使ったらそれまでだし、灯油の灯りも燃やしたら終わってしまう。
 オラファーはそこに安価な、ソーラーエネルギーのランプを供給できれば、例えば子どもは本を読んだり、家族が夜に食卓を囲む「灯り」として使えるんじゃないか?ということでデザインして、エンジニアと一緒につくったんですね。
 けっこう性能が良くて、5時間でフル充電、強い方の光で4時間くらい、弱い方ですと50時間くらいは灯ります。それを、いろいろな国のボランティアとか、万屋のおっちゃんとか、「オレ、これ売りたい!」という人にまず送るんです。それで、実際使ってみて「あ、これいいね」となったところで、ここでオラファーが面白いのはちゃんとビジネスとして回すことを考えていて、要するに、ただあげちゃうと一回きりで終わってしまうから。
 そして、売る拠点やグループがその地域に生まれると、少しずつでもその人たちにも利益が入るので、継続性が生まれる。しかも比較的若い人たちアフリカやアジアで目を付けて、「これ面白いよ」と言って、実際にアフリカのどこかの国では中学校の子どもたちが10人くらいのグループをつくって、オラファーからこれを仕入れて売っているという。

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——ご夫妻は、オラファーのことを知って環境についてより意識がいったのか、もともと環境に意識があって、その中でオラファーのことを知ったのか。
草野千津子(以下、千) 私は4年前、今はロンドンに行っちゃってる小原さんと知り合ってから。
象 「小原一真」君という写真家ですね。
千 彼と知り合ってからいろいろと考えるようになって。ちょうど原発事故が起きた頃ですね。
象 小原君は、福島第一原発の事故が起きた直後、一ヶ月経たないうちにJビレッジに入ってるんです。それで、一応作業員の身分を借りて、実際にそこで作業している人たちのポートレートとインタビューをとって、それを「RESET BEYOND FUKUSHIMA」という写真としてスイスの出版社から出して、それが出たのが2012年でした。

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本が出た時は、ワタリウムではちょうどChim↑Pomの「ひっくりかえる」展をやっていました。そして原発の現場には、Chim↑Pomのメンバーの水野君も原発作業員として入っていて。

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——それは本人たちの弁ですが、後に強い作品となった「レッドカード」のためではなく、ただお金がなくて仕事で行ったという(笑)。
象 そこで水野君と小原君が知り合って、それでChim↑Pomの展覧会をやっている時に、「小原一真という若い写真家がいて、彼は話も面白いので」と呼んで、その時にトークをやってもらって、僕は初めて直接本人とも会いました。その後、彼は国内でも何ヶ所か福一のテーマで写真展とトークを続けて、彼女は一連のトークに行っていたんです。
千 ほとんど行きました。
象 そこで実際の原発作業員の話を聞き、その中で「彼女なりに考えることができてきた」というきっかけになったようです。
——では311前は、電力についてとは言わずとも、そこまで環境について意識してはいなかった?
千 それなら家の近所には公園があって、そこで5年以上前からいろいろなトラブルが出だしていて。そうすると公園のほとんどの木が、外から見やすいように伐採されてしまってショックでしたね。

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——そこにあった茂みが、人間の行為を原因にして、なくなってしまった。
千 「環境」についてはそれくらいからちょっとずつ意識するようになって、そこに原発事故があって、小原さんと知り合い、つまり当時、テレビで原発作業員が出ると、みんなモザイクだったんです。でも小原さんの本では、作業員の人たちの顔がみんな見えて、それですごく「作業員としての立場」もわかるようになりました。そもそものものの見方が違うので、それで自分の心境に変化がありました。
——ここまでのお話だけですが、お2人はやはりアート作品や写真集経由で、社会の情報を捉えてられるんだなと感じました。
象 どうしても「現地にいない」という意味で「当事者じゃない」と思ってしまう部分が、僕らにはあるじゃないですか。それは、でも、「原子力発電所が生み出していたものを享受していた」という意味では当事者だと思うし、そこの距離のはかり方というのは、今でも自分の中ではついていません。
 ただ、そういういろんなことがあって、「エネルギーってそもそもどういうことなのか」ということは考えるようになって。
 いろんなかたちの「エネルギーの生み出し方」があるわけです。水力、火力、地熱、そして原子力、他にも風力、ソーラーとかいろいろな選択肢が出てきているんだけれども、そもそも「僕らはどうしてエネルギーが必要なのか」というところを考えてみてからじゃないと、なかなか「納得のいく結論には至らないだろうな」と思っていて。
 今も、例えばこうして灯りがついているじゃないですか。ごくごく自然に蛍光灯の下で僕らも話をしていますが、「実はいらないかもしれない」とか「なくてもなんとかなるかもしれない」とか、そういうことを考えていった時に、根源的に「エネルギーを人間が必要とする理由」みたいなものを考えるようになしました。そして、その一つは「夜の光」だと思ったんです。
 だから、オラファーの「リトル・サン」を一つの作品として見た時に、「エネルギーによって人間はまず何を手に入れたか」という原点を考えさせてくれる作品だなと思って。そうすると「まず、光だろう」と。

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——そういったところを、かつてないほど考えるようになられて、それをお2人で話される機会も増えた?
象 そうですね。
——その時に、合う部分と、合わない部分もありましたか?
千 あんまりなかったね。
象 2人で話す時は、そんなに「考え方の違い」みたいなことを話すわけではないんですよね。もっと日常的なレベルというか、「電気をつけっぱなしにしたら怒られる」とか。
千 (笑)。
象 「あそこの電気切れたけど、よく考えたら、これだけ明るければ十分だよね」みたいな話とか(笑)。
千 だから、「リトル・サンが3つもあれば十分かな」みたいな。それで考えて、電気ポットもやめました。
象 だから、「これはないと困る」と思ってはきたんだけれど、実はなくても全然平気だったんです。

 

 東北で起きた大震災と原発事故を受け、身の回りにいたり、作品を通じての表現者たちの動きに刺激されながら、自然と日々の生活を見直すところにたっていた草野夫妻。

 「リトル・サン=小さな太陽」から始まったお話は次回(6月7日更新)、そもそもお2人の生きる姿勢のルーツには何があるか。そして、日本において画期的な「電力自由化」を受け、やはり表現と関わりながら、どのように考え、動いたか。そんなお話に続いていきます。

 

(写真:吉岡希鼓斗/聞き手:平井有太)
2016.05.31 Tue.


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