2018.04.09 Mon.

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  都会の真ん中、銀座で養蜂をし、ハチミツをつくる「銀座ミツバチ」記事も遂に最終回。「銀座ミツバチプロジェクト=銀ぱち」について、銀ぱち理事長/紙パルプ会館専務取締役・田中淳夫氏からは、熱い想いの込もったお話。
 蜂について伺っていたつもりが、気付けば芋焼酎、福島、酒米と日本酒、そしてソーラーシェアリングへと、エネルギーについてはぎりぎり含みながら、予想を超えて広く展開されていくストーリー。
 地域の活性化には「ヨソモノ、ワカモノ、バカモノ」が必要とされる定説を地で行き、結果も出してしまう姿は実に痛快。福島を軸に、銀座から考えるあらゆる地域の、根っこからの振興に繋がるお話、日本全国に届きますように。
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ー周囲の方々との関わりの中で、自然に再エネで動く社会を標榜されるようになっていった。
田中 これまで福島の皆さんと関わらせていただいてきて、苦労されている状況を見てきました。余計に「このままが良い」とは思えませんでしたし、新潟や島根などの皆さんも、自分たちが同じ目にあったらどうするかという状況で「実際に稼働するの?」と心配していました。皆さん、単に安全な生活を求めているだけですので、、
 私はワーカーズコープという13000人が働く労働者生協の理事もやっています。今までは高齢者や障害のある方々、子どもたちの問題など福祉に関する関わりが大きかった団体ですが、最近は農業、林業など地域全体に関わる課題解決に向けて動き出しています。効率化を求めてきた社会が、都市であろうと地方であろうと、いつの間にか地域が壊れ始めていた。だからこそ、自分たちが「まず行動して支えていく時代になってきた」と方針を変えてきています。
 それには、「まず農業を知ろう!ついてはミツバチを飼って」ということで、私たちと関わりができて養蜂講座をしてきました。そのうちに「理事にもなって」と引き込まれてしまいました。
 ワーカーズでは、FECと称して「食料、エネルギー、福祉は地域から」と方針をまとめておりました。そもそも多くのことは「皆で協力すれば実現する」し、「望む未来はそんなに変わらないから」という考えが私たちの活動にとても馴染みました。
 そしてもう一つ、私は湖山医療福祉グループという、国内で1万床もある医療福祉グループの理事、評議員にも名前を連ねております。
ー本当に、いろいろやられていますね、、!
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田中 福島の事故から、「再エネの社会をどうつくるか」ということを自分でも色々と考えていました。
 そこで思いついたのが、たまたま草加に150人の大型特養施設ができる時に、この屋根を借りて10kwほどのパネルを乗せさせていただきました。そして場所代はお金でなく、福島でつくる味噌やりんごでお返しする。150人の入居者がいると職員も同じ数いて、300人が食事をするのですぐに消費してしまいます。ここから「エネルギーで切れた福島との関係を、もう一度エネルギーで繋げられたら面白い」と思ったんです。
 こうして福島でつくった味噌を買い上げていただけたので、もっと他の場所でも屋上を借りられないか、相談を始めています。
 今日も飯舘電力さんと電話で、湖山グループ所有の福島県会津地方の特養の屋上が借りられるか相談しておりました。この調査施工は市民電力の動きを福島で牽引されている会津電力の佐藤彌右衛門さんにお願いしています。こちらもかなり強烈でして、一度お会いしたら私も取り込まれていまして(笑)。
ENECTにも登場いただいています。
田中 こうしてかたちになり始めたのが、福島市荒井の農地4反部(4000㎡)で「ソーラーシェアリングをしよう」という話です。先ほどの飯舘電力が行政や農業委員会に交渉・相談して頂き、施工は会津電力というチームで動いて頂いています。
ー銀座ミツバチ、再エネ、福島の農業といった取り組みが繋がっていくのは、根底で共有できている価値観があるからこそ、でしょうか。
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田中 そもそも私は銀座の紙パルプ会館と言うこの空間を「どう活かすか」ということを考えてきただけだったのに、屋上でミツバチを飼い、様々な場所の屋上で野菜や芋まで育てるようになりました。
 更には様々な地方との連携が誕生し、どんどん引っ張られて、結果的に「今の社会が求めている方向に収まってきたのかな」と感じています。
ー電力の切り替えの動機はどこにあったんでしょう?
田中 正直に言うと、サエグサビルの三枝社長から「みんな電力に切り替えた」と聞いたんです。
 たまたま二人とも銀座の松屋通親交会の理事をしているので、会合で三枝さんに尋ねました。「三枝さん、電気代が高くなったんじゃない?」、「田中さん、それが少し安くなったんだよ。一番喜んでくれたのがテナントのアップルさんだったんだ。アップルは世界中で再エネを使って商売すると決めていたんだ。切り替えは簡単だから、田中さんのところも考えてみたら」なんてことを聞いて驚きました。
 今までは再エネは協力すると言う意識の問題で、少し高くてもつきあうイメージでした。それが少しでも価格が安くなって、しかも「電力を再生可能エネルギーに替えることができたらすごい」と思ったんですね。
 それから、銀座という街はすごく意識の高い消費者の方々と繋がっている。海外ブランド含めて「今後は皆さん、再生可能エネルギーで商売をしていく時代に入ったのか」ということを強く感じ始めました。
ー歴史深く、格式が高いと思われがちな銀座が、実はエネルギーに関して最先端という状況が格好良いと思います。
田中 家賃がすごく高い銀座でご商売されている皆さん、例えば単純に「老舗」と言っても、昔からのものを売っていればいいというわけじゃなくて、常に時代と共に変化をしてきています。
 ここでは「銀座で一番」とか言ってても、ある日隣に世界チャンピオンが来て商売するわけです。そういう意味では、自分たちの価値観をしっかり持っていないとすぐに流されてしまいますよね。
 以前、サエグサビルの三枝会長(お父様)さんが仰っていたのは、「銀座は京都みたいに1000年続く街とは違う」。せいぜい明治の煉瓦街から始まった街なんだから、常に新しいものを取り入れて変化していく。その時々に昔から奇想天外なことを始める輩が必ず銀座には出てくるが、それをすぐには良し悪しで判断しないで、まず受け入れる。その上で、街にそぐわなければ消えていくし、街に合うものだけが残っていく。それが「見えない銀座のフィルターなんだ」ということを、教えていただきました。
 ですから、私たちも「あの時銀座でミツバチ飛んでたよね」という話だけで終わらせたくはないわけです。
 では、続けていくためにはどうしたらいいか?
 最初は単なる行き当たりばったりでミツバチを飼い始めちゃったんだけど、続けていく中で社会性を帯びたり、地域の課題と向き合っていきながら「街に相応しい姿に変わっていかないといけない」と思ったんです。
ー仮にそれが後付けでも、意味付けを考え、実践していく。
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田中 そうして、「銀座に相応しい」と認められるような活動に変化していかないと、「街からの応援はいただけないし、活動は続かなかっただろうな」と思っています。その時その時の課題を解決していく中で、屋上緑化やマルシェ、芋焼酎をつくってみたり、振り返ってみると結果的に、こういうかたちの活動になってきたんです。
ー一つ一つの判断の積み重ねで、今に至る。
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田中 2010年に福島で農地を借りて農業参入しましたが、ジャガイモを作って東京で販売しても輸送費コストが重くて、結局はつくればつくるほど赤字で利益がでませんでした。「大量につくり、コストを下げないと先に続かない」ということが見えてきました。
 福島の生産者は少量をつくっても売れないから耕作しない。農協でさえ営農指導を「赤字だからやめる」と聞きました。それじゃあ、「農業は誰がやるの?」となるじゃないですか。
 そこで、よそ者の私たちが少し前のめりに農地を動かして何かをやることで、それが地域に刺激を与え、地域を動かす原動力となるかもしれません。私たちが「その一助になれれば」ということで、今回のソーラーシェアリングを考えました。見せ方を変える事で、地域に少しでも変化が生まれることを願っています。
 私たちは、常に皆が考えるものとはちょっと違うもので少し興味を引くような面白い要素が入ったほうが「新しい価値をつくれるんじゃないか」と考えています。
ーミツバチを通じての学びが、福島にも反映させられている。
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田中 あの震災直後、企業は様々な被災地に行っていましたが、宮城や岩手が中心で、見えない恐怖が残る福島は社員を送れないでスルーしていました。
 まだ、事故から一月も立っていない時期に支援物資を携えて現地に向かうと、冷たい体育館などに着の身着のままに逃げてきた浜通りの皆さんたち。そして、福島原発の4号機がもし爆発したら、中通りの自分たちも同じ運命になるのに、この避難している方々を一生懸命支えている姿に心底頭が下がりました。
 支援物資を運んだその夜、久しぶりに皆さんと飲んでいたら、これから福島では桜から始まり沢山の花が咲くけども、もう誰も来ない。折角だから「銀ぱちたちも一緒に花見でもしないか?」と誘われました。
 そこで、銀座のクラブのママやバーテンダーの皆さんに相談したら、二つ返事で「一緒に行こう」となりました。翌月の5月連休に銀座の皆さんたちとバスを仕立てて、土湯温泉などに向かいました。体育館で寝ていた皆さんは、温泉旅館に移動していたのです。
 当日は、1000人を超える被災者の皆さんたちが広場に集まっていました。流石に銀座のバーテンダーやクラブのママさんたちの手際の良さに驚きました。大人にはハニー・ハイボール、子どもたちも並んでいて、直ぐにハチミツミルクなどつくって対応しました。
 被災者の皆さん、お酒を飲んでいなかったんですね、、久しぶりの笑顔で、私たちが癒された瞬間でした。
 こんな状況を見てきて、そろそろ福島の農地で種まきの時期となり、「銀ぱちは福島での農業を止めるか?」と尋ねられて、前年からあんなにお世話になったのに「土が汚れたからやめます」と言えませんでした。それに、この問題を日本人として解決できなくて見捨てるようなことになったら日本の将来はないし、ここで少し苦労しても福島の皆さんと新しい事が見えてきたら、それは他の人には経験のない、自分たちだけのノウハウです。だから「ここで逃げちゃいけない」と考えて、関わりを持ち続けました。
 当時、ファームエイド銀座でお世話なった宮城県の気仙沼や石巻、岩手の雄勝や宮古など含めてたくさんの地域とご縁ありましたが、私たちは小さな団体です。ご縁がある福島に絞って注力することになりました。その後須賀川や伊達、南相馬や会津、いわきとも繋がりができて「福島だけでも広くて大変だ!」と思ってるんですが(笑)。
ーたしかに、福島は本州2番目の広さです(笑)。
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田中 先ほど申し上げたソーラーシェアリングですが、福島市にはまだ前例がありません。飯舘にも、川俣にもあるんですが、まず一ヶ所でも実例をつくることが重要です。
 原発事故後の抱えている課題は重過ぎて、福島だけでは変えられないと思いました。そこに私たちが関わるときは、安心安全とは違った視点から考えてみて、地域の課題が少しでも動けばいいと思います。
 一つの例として、耕作放棄地で酒米をつくっていただききました。
 福島の皆さんが銀座に来て居酒屋で飲んでいた時に、「県北は餌にしか補助金出さねえ。食べれば美味しいのに、餌じゃ力でないよ」と嘆いていたのです。
 そこで、どんどん広がってる耕作放棄地の一角で酒米をつくり、その酒米を山口県の永山酒造で純米吟醸に醸していただきました。名前は『精一杯』です。「精一杯働いた後のお酒が一番美味しい!」と言う意味です。
 福島は日本酒王国です。
 昨年も福島の酒蔵が鑑評会で沢山の金賞を取りました。日本一となっています。しかし、いろいろ事情はあるでしょうが、使う酒米は西の山田錦です。課題は、福島の蔵が地元の酒米を使わないと、酒蔵のまわりにどんどん耕作放棄地が広がっていくということです。ですので、福島だけでなく「全国の酒蔵が福島の酒米を使えば、福島の農業が復活する」という仮説を立てました。
 そこで歴史の話題が事欠かない山口県の酒蔵に相談したのです。
 今年はちょうど明治維新150年、会津からいえば戊辰戦争150年です。和解は出来なくても、仲良く作ったお酒ができたということです。
 銀座が福島と山口のハブになって、3地域が連携して6次化を進めました。
 田植えの時は、銀座からセレブなご婦人たちも混じり、山口からは長州友の会の皆さんが多数駆けつけてくれました。「長州からたくさん人が来るけど、福島の皆さん受けますか?」と尋ねると、「受けて立とうじゃないか!」となるわけです。当日は、市長にJA組合長、県の農林部長に土湯温泉女将さん会、菜の花でおなじみの地元西進中学校の生徒たちと、総勢150人を超える田植えとなりました。
 聞いたところ、中学生たちは田んぼに素足で入るのは初めてだそうで、一人の男の子は最後まで入れませんでした。彼らは、毎日この耕作されない田んぼの脇を通学していても、何の縁もなかったけれど、この日から稲の生育の気にするようになり、稲の生育が自分事になっていく。
 これが私たち「ヨソモノ」の力なのかと思います。
 今回の私たちの取り組みから、翌年は、同じ福島市の飯坂地区でも酒米をつくり地元酒造でお酒をつくるプロジェクトが始まりました。その後、市役所も今後は県北を「酒米の産地にしたい」ということで、額は少額ながら補助金も出すようになったそうです。
 福島の皆さんから、「銀ぱちはファーストペンギン」と呼ばれます。実際に、地元だけで「地域を変える」ということはなかなか難しい。でも、そんなことやっても「失敗する」、「意味がない」と言う方もいますが、私たちは仮説を立ててまずやってみて、地域みんなで仲良くして、難しい課題を何とか乗り越えられるようにできればと思っています。
 そこに刺激を受けて、他の地域でも酒米づくりが始まったと思います。今後、市内全域でソーラーシェアリングが始まれば、嬉しいですね。
 私たちは銀座ミツバチが福島から、「エネルギーから農業や福祉、地域同士を繋げる」リアルな世界を見せられるように努力したいと考えています。
 引き続き、みんな電力さんには、沢山お酒の購入をお願い致します!
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銀座の素敵なお話、いかがでしたでしょうか?
次回からは、みんな電力での供給が始まる、福島県は南相馬産の電力についてのシリーズが始まります

 

(取材:平井有太)
2017.11.8 wed.


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