2017.11.19 Sun.

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                 写真・上2枚は、群馬県の天ぷら油発電所 (株アーブ)。下は、バイオ燃料プラントと染谷さん

  祖父、そして父上の家業を受け継ぎ、3代目として天ぷら油を回収しながら「東京は大きな油田である」との確信を深めていく、染谷ゆみさん。一見女性には過酷に思えるお仕事を、当たり前にこなしていく頼もしい姿のルーツには、海外での辛い経験がありました。
 日本では当然になり過ぎた大量生産、大量消費の次にある「大量廃棄」。海外での気付きを発端に、「環境問題解決をライフワークに」と帰国するも、生意気とされるばかり。
 国内外のカルチャーショックに揉まれながら、「人は説得するよりも、共感してもらわないと何も変わらない」と考え、染谷さんの取り組みはより加速していきます。
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                     自家製燃料を給油中

ーそれが、チベットでの経験?
染谷 当時は中国からチベットに、自由に入れたんです。今、入境には手続きがいるらしいですね。当時は、チベットの首都ラサからネパールのカトマンズへのバスもありました。
染谷写真

18歳の時に敢行したアジア放浪の旅。左はチベット、右はネパール、カトマンズの寺院での一枚

 その当時、雨期で道路が陥没しているところが多く、バスが運休していました。8月だったこともあり、世界から学生が旅に来ていました。フランスの学生が「車をチャーターするから一緒に国境を超えないか?」と言ってきたのです。それで、7人くらいの仲間とランドクルーザーで国境を目指します。何もない空気の澄んだ、見たこともない青い空の道を3日かけて走り続けました。途中で土砂災害の道もあり、国境前の道で山が崩れ、歩いて越えなければならないところまで行って、チベット人のドライバーとは別れました。崩れた山を越える時、30センチくらいのひび割れの箇所があり、足が震えました。底が見えなかったんです。
 やっと抜けて村に辿り着くと、今通ってきた崖崩れの山の方からカランカランと音がします。周辺にいた山岳民族のような人々がみんな走って逃げるので、慌てて一緒に逃げました。ある程度ののところでみんなが止まり、山の方を一緒に振り返りました。すると、今通ってきた山からサーッ!と土砂が滑り、大きな岩がゴロンゴロンと木をなぎ倒して転がっていきました。
 5分そこを通るのが遅かったら、あの土砂災害に巻き込まれていたに違いない。そこでへなへなと座り込んでしまいました。まだ18年しか生きていなくて、東京なんかで生きていると土砂災害で死にかけることなんてありませんから、本当に怖かった。
 その日はその村に泊まりました。村の人がこれを「これはね、天災じゃない人災だ」という言葉が胸に刺さりました。どういう意味か、はじめはわかりませんでした。
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ジョン・レノンの言葉は「みんなの夢AWARD」でファイナリストに選ばれ、いただいた。C.W.ニコルさんとは、Earth Day東京実行委員会で

ーどういうことですか?
染谷 雨季で土砂災害になったのではなく、過剰に人が入り過ぎ、木を切り、道路をつくった結果、根を生やす木々がないことで、大量の雨を吸収できずに、地滑りが起きたというのです。
 何百年間も、山岳民族の人々はそこで生活を営んできました。資源がないから木を切って薪にすることがあったとしても、山が崩れるほどの搾取はしないできたのです。それが、開発が進んでこうなったということでした。最近になって、日本でも土砂災害などの被害が頻繁に起きます。私は30年前に、今の日本の姿を見てしまったのだと思っています。
 そこから先のカトマンズへの道のりも、足を滑らせたら流されてしまうような濁流の横を歩いたり、土砂で潰れた集落の上を歩いたり、それはそれは辛い行程でした。
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お家にある油でロウソクができて、お湯が沸きます

ーそんな経験がご自身をTOKYO油田に導いていく。
染谷 当時日本はバブルです。大量生産、大量消費で「世界からものを買ってください」。それが世界に対する「経済大国ニッポンの役割です」という、「内需拡大」のスローガンがありました。
 大量生産、大量消費の次にあるのは「大量廃棄」です。私は、「環境問題解決をライフワークにする」と言って帰国するも、高卒女子では何もなく、「ただ生意気なことだけ言って」と、とらえられていました。
 人は説得するよりも、共感してもらわないと何も変わらないと実感します。
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左は明治学院大「ワンデーフォーアザース」で、自転車で墨田区の油を回収。右は東京ガスのキャンドルワークショップで、子どもたちに油のリサイクルをレクチャー

 当時、友人との集まりにも、みんなの分の箸を持っていって嫌がられたりしていました(笑)。でも、最近その友人と30年ぶりに会って、「染谷さんは最先端だったね」って(笑)。
 早過ぎたんです。いろいろなところでバカにされたり、お店ではマイ箸を使って断ったのに「割り箸持っていきなさい」ともらったりしました。当時私が箸を使わない理由を、その店のおばさんにはわからなかったんですね。
 でもそんな経験から、わからない人にものを伝えるためのアプローチを考えるようになりました。
 染谷商店に入れてもらったのは1991年。
 それは「あ、ここだ!」と、気がついてしまっただけです。バブル期になおさら奇異な目で見られましたが、「環境問題解決の現場だ」ととらえていた私は、目をキラキラさせて現場仕事をしていました。しかし、今のような社会的評価もない中で、精神的にキツイこともありました。
 その時、悩みながら見つけたものが「TOKYO油田」です。つまり、「東京という都市から油を掘ってるんだ」ということに気付いたんです。
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Earth Day東京では、イベント来場者の油を回収して会場の電力を天ぷら発電。写真は「薬樹」ブースにて、薬樹の照井さんと

ー関東圏に150店舗を展開する薬局の「薬樹」さんに、回収センターがあるということは伺いました。他にどのような方法で、どれくらいの油を集めているのですか?
染谷 家庭から出る油の回収ステーションと言うコンテンツは、2007年に開発しました。それまでは大量排出するお店が対象で、今もお店の油の回収はメインにやっています。でも、家庭から出る油の量は業務用と同じくらいあったのです。とはいえ、家庭を一軒ずつ回って油を回収するのは難しい。それでできたのが、回収ステーションです。
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            「肉フェス」、「ラジオinパーク野外イベント」でも、天ぷら発電や油回収をしてきました。発電自転車も活躍した

 また、行政とタイアップして、瓶や缶を集めるように油集めを始めているところもあります。「大地を守る会」ともタイアップして、野菜をお届けしながら油を集める仕組みもつくってきました。品川区の「みんなのイルミネーション」では、地域の皆さんが1年貯めてくれた油をTOKYO油田に出してくれます。当初は賄いきれなかった油が、2年前から自給率100パーセントを超えるようになりました。
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「目黒川みんなのイルミネーション2017」は、11月10日に点灯式を開催したばかり。今年は2.2kmの目黒川沿いを、地域の皆さまから集めた地産地消の天ぷら油燃料100パーセントでイルミネーションを灯します。2018年1月8日まで開催

 

最終回へ続く

 

(取材:平井有太)
2017.10.12 thu.


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