2016.11.26 Sat.

  アディダスが世界で初めて取得した、電力のネーミングライツ。担当の加瀬雅敏氏は、「現代の消費者は、商品やサービスを選ぶときに、生産の背景まで責任を持つ権利を獲得しているのではないか」と語る。「消費者側にも選ぶ権利がある」ことを自覚して捉えてもらうか、人から押し付けられるのか、その初動に至るまでの動機で、その後が決まるかもしれない。
 生産の背景を知りたいのが現代の消費者ということは、生産者・製造者が責任を持てば済む話なのだろうか。現状そうでないのなら、消費者の選択の力で、生産者・製造者が生産の背景に責任を持つよう自覚させることができるのだ。

 

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——今回なぜ、アート展『ビオクラシー』に協賛しようと考えたのですか?
加瀬 アディダスはアート、ミュージック等のカルチャーから長年サポートを頂いております。
 2011年にアディダスで主催したグループアート展 「Better Never Than Late」にChim↑Pomに参加してもらい、彼らに出会うことができました。2013年には多様性をテーマに「Better Never Than Late」を再開催しました。
 今、日本社会は2020を見ています。私はロンドンに縁があって2002年から09年まで滞在しました。その後も年に数回現地に行く機会が持てていますが、ロンドンの2016年前後は興味深いものでした。
 先日開催された、歌舞伎町で取り壊されるビルが舞台の、「Scrap & Bulid」をテーマとした彼らの展示『また明日も、見てくれるかな?』の協賛も考えていました。しかし、残念ながら諸事情で今回は協賛する権利が得られないことが発覚し、実現できませんでした。その時に、Chim↑Pomリーダーの卯城氏、そして『ビオクラシー』著者であり、展示を主催する平井有太氏から今回のお話を頂きました。
——すでに伏線のある話だった。
加瀬 いきなり「ポン」と出てきた話ではなかったのです。また以前から、電力のネーミングライツを技術的に可能にする「みんな電力」大石代表を、平井氏に紹介してもらっていたこともありました。
 日本では4月にあった電力自由化を受けて、アディダスとして例えば、「運動会」のようなイベントを、再生可能エネルギーでできないか?またはその運動で、発電ができないか?そんなアイディアの実現性を考えていました。
——日本で初めての電力自由化があっても、社会の中で、なかなか大きな動きが見えないのが実状です。
加瀬 「選択肢が増えた」のは、消費者にとって良いことだと思いました。しかし電力と聞いても、頭に思い浮かぶものって、あまり多様性がないようにも感じます。自分は「電気」と聞くと、「電球」が頭に浮かぶぐらい。考える習慣がなかったのだから、それも理解できます。
 ただ、実際に電力会社をやられている大石さんに会うと、そもそもの企業のきっかけが「電車に乗っている時に、目の前の女性がたまたま付けていた携帯用ソーラーパネルからの電力が欲しい」という想いからだったという、なんとも人間味溢れるお話(笑)。それが原発事故以前のことで、その後の動きを聞かせていただいても、バイタリティーに溢れています。それに、お邪魔した事務所も世田谷ものづくり学校にあり、一般的な電力会社とサイズもイメージも全然違う(笑)。
 「面白い会社だな」と思いました。
——電力会社を身近に感じることができた。
加瀬 八百屋っぽいというか、野菜を取り扱っているように感じました。みんな電力の言う「顔の見える発電所」というのは、他の商品やサービスでは普通に行われていることです。多くの人が、商品やサービスの生産背景に責任を持つ権利が得られる時代が来ている。電気も同じだということは、まだ実感がないのが素直な現状かと。
——社内で理解を得ることは難しくなかったでしょうか?
加瀬 今回の企画内容の多くの人の理解を得るには、社内でも社外でも少し時間が要するであろうと。つまり、わかりづらい、今は(笑)。特に電力の話は僕たち日本人は今まで選択肢がなかったのですから。
 誤解を避けたいのでお伝えしておきますが、アディダスの今回の立場は、あくまでもアート展の協賛です。僕の担当はCSR活動ではありません、あくまでもアディダスのブランドマーケティング活動の一環です。
 「自由ということ」、「選べること」を表現する作品作りに惹かれて、アートの持つ「問い直す」という力を信じての協賛です。僕らも常に自身に問い直しながら、“Only The Best For The Athletes”を心に、より良いプロダクトをとチームのみんなで仕事しております。

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——供給する電力の可視化を、どんな層に伝えていきたいですか?
加瀬 「供給する電力の可視化を伝えたい」ということではなく、多様性が生まれることの価値をお客さんと一緒に考えたい。
 今回は、今までは決して選べず見えなかった電力を、選んで見せられるんだということを、平井氏の個展を通じて伝えたい。スポーツギアでは、もちろんアディダスを選んでいただきたいですけど(笑)。
——可視化することで何を問いたいですか?
加瀬 可視化されたことで、僕らもスポーツを通して、社会を良くしていきたい。子供たちのためにも、未来は明るくあってほしい。自分自身も会社員としては生産者、生活では消費者です。消費者としては選ぶ権利を使うことで、世の中を私たちがつくっていけるのではないでしょうか。
——加瀬さんは、高校を卒業してからウルグアイに暮らしていたと聞きました。
加瀬 平井氏は、それこそ著書『ビオクラシー』の中でウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領に会いに行っています。それも不思議な、ウルグアイを介した縁です。日本から見ると地球の裏側。彼らからも日本は裏側。当時18歳で、距離的にも遠い土地の文化やそこでのマナーの違い、まさに多様性に触れた貴重な時間でした。
 その後は、また日本で数年過ごしましたが、2002年からはロンドンへ。さらに多様性に富んだ文化の中で過ごしました。そこでの経験も、大きかった。物事には、こんな考え方やアプローチがあるのかと、自分自身の価値観を問い直す日々でした。
 今回の企画で、お客様には、自由化ということの楽しさを知ってほしいと思っています。アイディア次第でこういったこともできると、見方が少しでも変われば、嬉しい。自分自身は、アート作品に触れて、見方が変わる瞬間が好きなんです。
 今回の個展への関わりを通して、みんなに「問い直したい」と言った方が正確かもしれない。
——世界初の事例、実現はもうすぐそこです。
加瀬 本当に世界初なんでしょうか?(笑)自分が調べたわけではないし、「世界初だからやろう!」という話ではないと思っています。
 普通に選べるものを組み合わせてつくるアート作品、そのアイディアに惹かれて。そして、たまたま「電力」の部分が慣れていないので斬新に感じた。これも当たり前になっていくのでしょうね。選べる権利を得ることで、私たちにどんな価値が生まれるのか。そこは今回、千葉のソーラーパネルを提供いただいたエコロジアさんに聞かれて、「ハッ」とした視点です。
 どんな価値が生まれるのか?

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 アディダスの本社があるドイツでは、国全体に環境を大切にする姿勢を感じます。持続可能かどうか?そういう視点を大切にしています。例えば、リサイクル素材を作ったプロダクトや、編み込みの靴のアッパーにすることで、極力無駄を省く方向に進んでいたり。

 

それとともに、まだアディダスの本国のある街の近くのシャインフェルドでは、地元の方々の手でアディダスのサッカースパイクが手作業の過程を得ながら作られています。
 そのお話をしていた時に、エコロジアの林さんに「ロボットが靴を作ることで、何の価値が生まれるのでしょうか?」と聞かれました。これは、問い続けなくてはいけないことだと捉えています。
——自らに、色々なことを気づかせてくれた企画でもあった。
加瀬 そうですね、今日明日気づける話ではなく、きっと中長期で振り返った時に「ああ、そういうことだったのか」と、初めてすっと落ちる企画なんだと確信しています。

 

(取材:エネクト編集部)
2016.11.02 wed.


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