2016.05.24 Tue.

ジャマイカのラスタと
日本の電力自由化

 前回、レゲエとその中における「リー・ペリー」という存在についてお伝えすべく力をお借りした、ピーター・バラカンさん。話はおのずと、この4月に開始した電力自由化にも及びました。

 エネルギーをセレクトできてコネクトする「ENECT(エネクト)」が、ロゴの下に掲げているテーマは「THE CHOICE IS YOURS(ザ・チョイス・イズ・ユアズ)」。電力が自由化され、つまり選択肢は私たち一人一人、これを読んでいるあなたにも委ねられたのが「今」という時代です。

 バラカンさんの言葉にもあるように、それぞれに多様な意見を持ちながら共生するのが、自然な社会の在り方。そして、「エネルギーを考えること」は「社会を考えること」に、そのまま繋がります。

 先日来日を果たした甘い声のレゲエ・シンガー、ビティ・マクリーンのTシャツを着て取材に応じてくださったバラカンさん。聞き慣れた優しい声の中には的確で、時に強いご指摘もありました。

 ENECTは今後もエネルギーだけでなく、様々な意見を交換、確認し、認め合う場としても、機能していきます。


——私たちは電力会社なのに、なぜリー・ペリーさんにご登場いただいたか。そこには「自立」というキーワードがあるかと思っています。電力に関して、今まで日本人は大きな企業に、自立とは逆の意味で「依存」し「頼っていた」と言いますか、、

 

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バラカン 「頼っていた」というより、電力会社は、今年の3月までは独占企業だったわけじゃないですか。そこで、はたしてこういう話をしていいのかわかりませんが、みんな「洗脳」されていたんです。
 というのは、電力会社に競争相手はいなかった。そうすると、広告をうつ必要はまったくなかったわけです。広告はゼロでも自分たちの売上げはまったく変わらない。にも関わらず、各メディアの一番のスポンサーはどこだったかというと、電力会社です。車よりもどこよりも、断トツの一位です。広告を出す必要がまったくないにも関わらず、それをやってる理由がなければならないですよね。
 理由は2つあります。
 電力会社は広告宣伝費がすべて必要経費と認められて、そういうすべての経費の上にさらに3%上乗せして、電気料金に加算していいことになっていました。もう一つの理由は、原子力に対する、一般大衆に「安全ですよ」、「いいことですよ」、「みんなのためですよ」というプロパガンダのためです。
 「でんこちゃん」て言いましたっけ?あれほど悪質なプロパガンダは、僕には考えられない。
 僕は、福島以前からずっとそれを危惧してきたんです。それはもともと、79年の「NO NUKES」の頃から、「原子力発電は危険なことだ」と思っていた人間ですから。
 スリーマイル・アイランドの事故があって、チェルノブイリがあって、「原発がものすごい危険を孕んだものだ」ということは誰でも知ってるはずだと思っていて、それなのに日本であのような宣伝がなぜまかり通るのかというのは、悪夢のように思っていたんです。だって、小学生がああいうかわいいキャラクターを見て、それは「洗脳」という以外の言い方ができない。
 だからみんなが「頼っていた」んじゃなくて、「洗脳されていた」というのは、紛れもない事実です。これは、書けますか?(笑)※1
——はい(笑)。バラカンさんは大丈夫ですか?
バラカン 僕はいいですよ。だって事実だし、この国は民主主義国の「はず」ですから(笑)。
 こういう話は今こそ、本当はもっと前からしなければいけなかったけれど、当時は原子力発電が自民党の国策で、どこのメディアにとっても要するに一番のスポンサーであり、「スポンサーの不利益になることは誰も話せない」というのは、テレビに限らず、どこのメディアでもどの国でも同じことです。ずっと、原子力について誰も否定的なことを言わなかったわけですよね。もちろんスポンサーがついていない場所では言えますが、そういうところの記事は、多くの人たちが見てもいない。
 ようやく今、電力を選べる時代になったわけで、じゃあ「何を選べばいいか」。それも4月からだから、まだ一月半も経っていません。多くの人たちが、「どれにすべきか」と選びかねているでしょう。
——首都圏で0.8%、全国的には1.3%しか、電力会社を代えていないようです。
バラカン うちもまだ、どれを選ぶべきかということを検討しているところです。はたして太陽光発電にすべきか、あるいはパネルにしないで蓄電池を置いて、夜の電気を溜めてそれを昼間に使うとか、値段に振り回されず、一番環境に害のないものを選ぶべきか。
 いろいろなことがあるので、女房と相談しながら、もうちょっとゆっくり選択肢を検討しつつ、決めようと思っています。
——私の言葉では「自立」、バラカンさんの言葉では「洗脳を解く」ということかもしれませんが、ジャマイカのようなカリブ海の小国が、音楽一つで自立を実現していると言えるでしょうか?

 

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バラカン でもそこは、「遅まきながら」ですよね。だって当時の日本で、そんなにルーツ・レゲエが盛り上がっていたわけでもないですから。70年代に来日してるミュージシャンは、ボブ・マーリーが79年。それ以外に来た人は、パイオニアーズが一度と、他にはジミー・クリフと。要するに、ルーツ・レゲエのシーンがその時からあったわけではない。
——それがどうして今の大きなシーンに繋がっていく?
バラカン でもね、レゲエの力で「ジャマイカは豊かになったのか?」。今は、「幸せな国なのか?」。「幸せ」というのは、人それぞれ、色々な定義とか価値観があると思うんですが、少し前のドキュメンタリー映画で「ジャマイカ 楽園の真実」(2001)という作品がありました。
 ジャマイカが経済的発展を遂げるためIMFのローンを受けたんですが、その条件として市場の解放があったと。そして市場を解放した途端にアメリカの大手が一気に入ってきて、市場を荒らして、ジャマイカの国内の企業が軒並みダメになってしまった。だから、国の経済的発展のためだったことが逆の話になってしまって、世の中を支配している資本主義の概念が、本当に「ジャマイカのような国のためになるか?」といったら、恐らくダメだと思う。
 だから「自立」という意味で、「ジャマイカがそれができたか?」と言うと、むしろできなくなった面もあるんですね。それを僕はすごく残念に思っているんです。
——でもそれはレゲエのせいではないですね、、?
バラカン 政治のせいですね。
——それにしても電力の話は、日本では遂に自由化されたけれども、結局何がどういうことなのか、誰もわかっていない気がします。
バラカン 情報は色々出てはいます。でも、日本は一応民主主義国ではあるんですが、それが機能するのは社会が本当に対等で、もっと横の繋がりが強い、、民主主義というのは本来そういうものなんです。
 ところが日本は全然そうではなくて、大昔から縦社会で、封建的な社会がずっと何世紀も続いてきて、もちろん明治時代から変わりはしましたが、でもやっぱり縦社会。それが第二次世界大戦を経て、アメリカの進駐軍が来て、民主主義的な憲法もつくられた。でも、それでもやっぱり、縦社会。
 だから日本の企業と、アメリカやヨーロッパの企業の中は丸っきり違います。上司が帰らないと下の者は仕方なく遅くまで毎日いるというのは、僕は40年以上日本で暮らしてますが、あり得ないですよね。
——電力自由化が持つ可能性を理解してもらうために、何かレゲエや関連する音楽にあるエッセンスは活かせないものでしょうか?

 

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バラカン 「スカの誕生」というのは、イギリスから独立した1962年頃の、国が盛り上がってるムードで、本当にハッピーなアップテンポなダンスミュージックとして流行したんだと思います。
 その前からジャマイカにあった「メント」という民族的な音楽と、カリブ全体で流行っていた「カリプソ」、また50年代からアメリカで流行っていたR&Bの、特にマイアミやニューオリンズあたりのラジオ局から電波が海を越えてジャマイカ市民の耳に入っていた音、、結構ね、アメリカの50年代のR&Bには、裏打ちのリズムを使った曲があったんです。
 その「裏打ちリズム」が、みんなの潜在意識にまで深く入り込んだんでしょう。しかし、66年の夏がとんでもなく暑くて、踊ってる方も演奏している方もスカのリズムについていけなくなって、「もっとゆったりしたものに」ということから「ロックステディ」が生まれました。そしてロックステディのベースがさらに重くなり、そこに「ラスタ」の影響が入ってきて、「ルーツ・レゲエ」に発展していきますね。
 ロックステディと初期のレゲエは、大きくは変わらないんです。ルーツレゲエのベースはとにかく重くて、スローテンポのあのレゲエになるには、ラスタの影響がすごく大きい。当時は全然知らなかったのですが、今遡って聴いたり本を読んだりしてると、「ああ、やっぱりそうだ」ってことに気づきます。
——ラスタが精神性にだけでなく、音の在り方にも大きな影響を持っている。
バラカン ラスタの人たちの宗教的な儀式というか、大きなアフリカ的な太鼓を叩きながらハーブを吸ってチャンティングをする、つまり「ナイヤビンギ」ですが、あれは宗教ですよね。
 あの雰囲気がレゲエの中に入り込むのには、ボブ・マーリーがかなり大きな役割を果たしています。60年代のジャマイカ社会では、ラスタはただの汚い変わり者で、ほとんど社会から弾き出され、山の中で自分たちのコミュニティだけで暮らしてる人たちだったようです。

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 映画「ハーダー・ゼイ・カム」に描かれていますが、あの映画は72、3年。ボブ・マーリーはそんなラスタの人たちと仲良くなって、その社会の中に彼も入っていました。
 ラスタの人たちは、自分たちのアイデンティティをエチオピアに重ねていますが、だから「自立」の話はそれに関係していると思います。戦時中の短い間イタリアに占領されたことはあるけれども、エチオピアはアフリカの中で唯一植民地になったことがない国ですから。
 ラスタにとっての神である、エチオピアのハイレ・セラシエ皇帝は60年代の終わり頃、独裁政権の手綱を緩めたことがあったんです。68、9年から70年代半ばまでの束の間に、ものすごく自由で多様な音楽が生まれて、でも75年に軍事クーデターでまた独裁政権になって、自由な音楽活動ができなくなってしまう。
 エチオピアはその時期以外は決して自由な社会ではなく、ジャマイカの人たちももちろん行ったことはないから「憧れの国」というだけだと思います。でも、自分たちも奴隷の子孫。アフリカのどの国も植民地時代が長くて、その弊害がすごく長かったものですから、彼らラスタたちの憧れの的がエチオピアだったわけですね。
——何とか独立を維持した。
バラカン だから彼らには、「黒い文化を維持する」という意識が強かったんです。そういう意味で、レゲエと自立の繋がりがあるとすれば、「ラスタ」だと思いますね。

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——ということは、日本人が電力自由化を理解するには、ラスタを理解すべき、、?(笑)
バラカン ボブ・マーリーは曲で「GET UP, STAND UP」と歌ってますが、ジャマイカの人たちは、ラスタ文化を通じて「立ち上がる」こと、自分たちの独立した文化の主張することを覚えたのでしょう。
——ラスタの説明は、日本語で、ジャマイカに関する予備知識がない方に対して、難しい気がします。
バラカン きわめて難しいです。
——エチオピアに伝説の王様がいて、それが実際にジャマイカに来て、みたいな話をするほど、どうしてもコミカルに聞こえてしまう。
バラカン まあでも、カトリック教会で、ローマ法王を神様ではないかもしれないけれど、それに近い存在に思っていることや、チベット仏教でダライラマのことを、本当にチベットの中にいるチベット人は神だと思っています。そういうのと変わらないんじゃないですか?
 だって戦前の日本でも、天皇は神でした。それと何も変わらないですから、コミカルでも何でもない。
——ジャマイカで実際にラスタの方たちとコミュニケーションをとると、豊かな自然の中で、純粋な、すごくオーガニックな生活を実現させている方々であることを知ります。そこを考えると、実は電力に対しての私たちが忘れがちな、参考にすべきライフスタイルがあるような気がします。

 

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バラカン 元祖天然生活ですね。あの人たちはオーガニックな生活を実践されていて、学ぶべきことはたくさんあると思う。
 でも、僕はジャマイカに行ったことないので、判断材料は映像しかないんですが、貧しいですよね。
 とにかく、ラスタの人たちは自然には恵まれているかもしれませんが、生活そのものはきわめて貧しくて、水道も川の水を汲んだり、電気がないところも多いんじゃないかと思います。
——私たちは電力に選択肢を初めて手にしたわけですが、レゲエから学びとれる要素はあるでしょうか?
バラカン 「権力者の言うことを鵜呑みにしない」。
 レゲエの一番大きな特徴は、僕はそれだと思います。不満を持っていれば、それを表現する。特にルーツレゲエの時代はそうだと思います。もちろんラブソングもたくさんあるんですが、特徴的な部分として、そういう「抵抗の音楽」としての要素が大きい。
——まさに「レベル・ミュージック」ですね。
バラカン カタカナで言えばそう(笑)。
 ちゃんと立ち上がって、「嫌なことは嫌だ」と。それで実際に社会を変えることができるかどうかは、微妙なところです。権力者は色んな手段をつかって、これはどこの国でもいつの時代でもそうだけれど、一般の人たちを虐げる。でも、じゃあ「泣き寝入り」するのか、「少しでも抵抗するか」と言ったら、少しでも抵抗した方がいいじゃないですか。
 これにはいろいろな考え方があります。恐らく日本人の中には、「泣き寝入りした方が生活が楽だ」という人もいるかもしれません。それはその人の選択肢ですから。
——日本では、明治維新の前から、その要素は強いかもしれません。
バラカン 江戸時代を覚えている人はいないのに、染み付いちゃってる感じがします。今の日本には未だに、「農村の価値観」が色濃く残ってる。農村の生活を経験している人って、今の日本には半分どころじゃない、10%もいるかいないか。田舎から都会に出て、もう何世代も続いているのに、なぜ農村的な価値観が色濃く残っているのか、恐らくメディアの影響は強いと思います。
——日本とジャマイカも違い過ぎます。
バラカン あまりに違う(笑)。
——「電力」に関係なく生活している人はいないわけで、あらゆるジャンルになるべく広い振り幅での展開を考えています。今回はリー・ペリーさんに登場いただきましたが、予備知識なく、普通に見たらただの「変わったおじさん」です。
バラカン 無茶苦茶変わってます(笑)。
——そこに説得力や、わかりやすい入口を用意させていただかないと、何も伝わらなくなってしまいます。今日はそれで、お力を借りに来ました。
バラカン リー・ペリーは、今はラスタになっていますか?
 動画の中では、「オレはエチオピア人」と言っていましたし、そういう人はジャマイカで今割と増えてきたのかもしれないですね。それもボブ・マーリーのおかげで、社会的にも認められた存在になったかと思います。

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——電力の自由化は、日本にとって初めてのことで、その重要性を自覚して動き出せさえすれば、本当に社会の仕組みを変えられるくらいのことだと思います。
バラカン 以前観た「第4の革命」(2010)という映画があって、ドイツで小規模の発電所をいっぱいつくっています。効率のいい、無駄のない発電所ができて、発電のついでにできるお湯をまわりの家庭で使ったり、温水プールに流したり、非常に合理的に、エネルギーを無駄にならないようにしていました。
 ああいう細かいことを考えるのは、日本人は一番得意な民族かもしれません。今は少なくとも、この電力の自由化もそうですが、少しずつ規制が緩和されてはいるから、一つ一つそういうハードルを低くする動きをみんながし続ければ、僕なんかが生きている間には大きく変わらないかもしれませんが、子どもたちの時代にはもうちょっとマシになるんじゃないでしょうか。それくらいの長い展望でやっていかないとダメでしょう。
 政治家って、結局次の選挙くらいまでしか見ていない。自分たちが再選されるかどうか、どれだけお金が稼げるかどうかしか見ていないから、もっと長期的に「どういう社会にしていくか」という、そういう展望を持っている人がいないとダメですよね。
 5年が経ちましたが、311の東日本大震災は、まったくいいことではなかったですが、でもあれを一つのきっかけに、わずかな民主主義運動が今の日本で起きていると思うんです。あんなに最悪なことをむしろいい方に転換しない手はないと思うんです。

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——あれだけの苦労を課せられて、それが今も続いていて、うかばれない。
バラカン 少なくとも、あんなことを繰り返さないために、「もっといい社会にしていこうじゃないか」って。

 

※1「ENECT」は「THE CHOICE IS YOURS(ザ・チョイス・イズ・ユアズ)」というコンセプトのもと、恣意的な編集を加えずに、多様な意見も公開していくことを原則としています。

 

(取材:平井有太)
2016.05.24 Tue.


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