2017.03.02 Thu.

  市民で近海の魚を釣り、測る「うみラボ」共同主宰のキーマン、小松理虔氏。
 1979年生まれで、福島テレビ報道記者を退職後、中国上海への移住などを経て、かまぼこ工房「株式会社貴千」に勤務。福島県の浜通り、いわき市の漁師町・小名浜で、地元のローカルクリエイティブを伝えるウェブマガジン「tetoteonahama」も主宰し、オルタネティブスペース「UDOK.(晴耕『雨読』から)」を共同運営。新しい社会学のノンフィクション本『常磐線中心主義(ジョーバンセントリズム)』(河出書房新社、2015)にも登場する。
 地域、復興、自立の視点から、エネルギーにそのまま通底する論点が見えてくる。

 

riken

普段はUDOK.を事務所に「ヘキレキ舎」という個人事務所を運営。地域のさまざまな情報発信にあたっている小松さん

——UDOK.は何人くらいいるんですか?
小松 今12、3人くらいです。相方にたん君というのがいるんですが、ツイッターでたまたま見つけたやつで、意気投合してここを開いて。「面白そうですね」とか、イベントに来てくれた人がそのままメンバーになるような感じです。
——にもこんな場はないんじゃないでしょうか?
小松 最初は平でやろうとしたんです。それが震災で、「平でやってるヒマねえぞ」みたいになった感じはありますね。あとはたまたま小名浜で仲間も見つかりましたし、平までは車で30分かかるから、わざわざ行くのが面倒臭くて。
 今までだと、「表現する」ということに関わる人たちがどうしても平中心だから、「小名浜にもあるぞ」って。小名浜は平に対して常にカウンターというか、「2番手の港町」みたいな感じなので、社会に対してもそのまま斜に構えてしまうというか(笑)。

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小松理虔さんお勧めの食堂「チーナン食堂」。小名浜港のそばにあり、小名浜の人たちがこよなく愛する

——漁師町らしさ、気性の荒さもある?
小松 あるでしょうね。でも港町と言っても、今や小名浜って秋刀魚、鰹、鯖みたいな回遊魚を大量に水揚げする港になっちゃって、そんなに近海の魚はないんですよ。よくよく考えてみると、「港町でイメージするほど実は水揚げしてねえ」ってなって。
——それは311以降明らかになったり、気にして特に調べるようになったことですか?
小松 僕の取り組みに共通するのは「震災前からこうだったよね」という問題が、震災によって「よりはっきりしてきたからやってる」ということが多いかもしれない。
 自分は復興に対して、あんまり「復興」って言わない方がいいと思ってる人間なんです。そう言っちゃうと、途端に問題が曖昧になってボヤけちゃうというか。
 「風評被害」もそうですが、何事も「震災があったからやりました」とはならないよう。何をもって「復興」とするかはわかりませんが、そう言うことで「復興したら終わんなきゃいけない」活動になってしまう。でも、震災前から地続きで「震災がなかろうとやっていた」と考えられる問題や取り組みは、ずっと続けられますよね。
——新しく入ってくる人、そもそも地域や問題を知らない人に対しては、むしろそうでないと伝わらない。
小松 「震災」とか「復興」って言っちゃうと、「被災した人にしかわからない」みたいな話になって、他の人たちの理論が入れられなくなる。特に今、福島の話題ってすごく一般化しにくくなって、超絶マニアックなので(笑)。
 福島の問題ってもっとポップに語られていいはずなのに、他県の人が議論に入ってこれない。代わりに、「何か内側でガチャガチャやってる」みたいなことになるのは「長期的にはよくねえな」と思っています。そういう意味でも、「震災復興」みたいな言葉でなるべく語らないようにしています。
——「超然マニアック」なのは、問題そのものが実際に収束してきているからなのか、問題は進行中なのに、袋小路に入ってしまっているのか。
小松 僕は袋小路の方だと思っています。放射能とか核の問題って政治的な問題だから、「福島をどう扱うか」で基本的な政治スタンスが色分けされちゃうってことが面倒臭い。だから、そもそも「そんなものを発電の燃料に使うなや」という側面もあります。
 県内はみんな真面目に考えてると思うんだけど、県外にその情報が全然伝わってないし、たぶん伝え方も難しくて、そもそも関心も失ってる。そういう「伝わってない歯がゆさ」故、内側の議論が盛り上がっちゃって、袋小路に入っちゃってる印象は受けますね。
——復興を妨げる明確な要因があるというよりは、県内外の意識の乖離の中心にあるものは、日本特有のぼんやり、漠然とした社会の仕組みという印象です。
小松 そうかもしれません。だから、福島の問題を日本の特有の問題、、例えば「官僚のことなかれ主義」とか「忖度」、「空気を読む」ということが過度に出ている時に、それを突破するため「何ができるか?」という。
——釣った魚を調べて、その上で食べたりもしていることをネットで公開されています。あれは各地からいろいろな意見が出てくる話かと思います。

 

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小松さんらが運営する「うみラボ」が福島第一原子力発電所沖で釣った魚。小松さんによれば「海洋資源は回復傾向にある」という

小松 僕は2012年に蒲鉾屋に入ったんだけど、それ以前の2011年頃は、基本的には「もう福島の魚は食えねえだろうな」という認識でした。でも蒲鉾屋に入っても、データがよく読み取れないし、専門用語も分からない。
そこで、「うみラボ」が2013年に始まって14、5年になると1年ごとのデータが溜まってくるわけです。そのデータを自治体と東電の、まあ、東電はあんまり出していませんが、データを照らし合わせると、ほとんど変わらないということにはなっています。
 最近の魚で(放射能が)出るのはメバルとか、そういう、長く近海の底の方にずっといる魚だということが自分たちのデータでわかってきた。だから、少なくとも「流通している魚」というのは問題なく食べていいと。うみラボに関連して、アクアマリンふくしまという水族館で線量を測る「調べラボ」ってイベントがあるんだけど、そこでは試食を出してて、そこで食べているのは買ってきた試験操業の魚です。

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アクアマリンふくしまで開催される「調べラボ」では福島の試験操業魚を使った料理が振る舞われている。

 我々は調査をして、「誰かに安心してもらいたい」という動機ってあんまりない。自分たちがまず納得することが大事。どうしても「うみラボのデータじゃ信用できない」って人は「たらちねのデータもあります」と。海については今、民間だとたらちねとうみラボくらいしかやっていません。たらちねは原発に対してかなり厳しい考え方でやっているので、線量が特に心配な他県の人には「たらちねのデータも見てください」と言うようにしています。
——別基軸で測り続けることで、外の目としては選択肢がある。
小松 やはり「判断材料が増えないとダメだな」と。農業の場合は民間の計測ラボとかママ系の団体、大学とかお店でやってたりもして判断材料がある。でも、魚はないじゃないですか。
——陸地は最初に飛び散った放射性物質の量や場所が大枠でも把握できてきて、かいくぐれるような感覚もあるのが、海はわからないことが多過ぎます。

 

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うみラボの調査は、福島第一原発沖1.5kmのところから始まる。視界の奥に見える原発は近い

小松 海ってつながってるから、常に汚染水がモヤモヤッと出ているみたいなイメージを持たれがちですよね。また、これは個人的な考え方ですが、「データの正しさだけでは社会に伝わらない」問題というのもあって、いかに科学的に「これは安全です」と言っても状況が動かない。
——コミュニケーションの問題であると。
小松 そうなんです。本当にコミュニケーションの問題の方が大きくて、魚だけじゃなく、何にせよ「福島を語ること」が袋小路に入り込み、伝わっていかない。だって、福島で力強く「安全です」、「原発ももう一回動かしましょう」とまで言うような人と、東京に避難しちゃったママたちが対話できますか?それくらいまで「コミュニケーション不全にさせちゃった」のが、原発事故だったんだと思います。
 もし、目の前のプールで立ちションされて、それをいくら科学的に安全だから「この水を飲め」と言われてれも、飲めないでしょう?そこをさらに「安全だから飲め」と言うことで、余計袋小路に入っていく。
——しかも巨大な予算と共に、事故を起こした当事者が「飲め」、「飲め」と言ってくるわけで、余計にアレルギーや反発を招く。
小松 追い込まれた人が誰に救いを求めるかというと、自分の考えに手を差し伸べてくれる人に助けを求めるわけだから。
 僕個人のスタンスは、もちろん科学的データが最重要でありつつ、それが「どう伝わっていくか」ということに「もう少し敏感になっていくべき」だろうなと思っています。
——それをまず地域の中で共有させていく。
小松 「ローカルの自立」というのを考えた時、ルソーだかは「2万人くらい」という理想の人数を挙げています。2万人って、地方で言ったらそれくらいの自治体なんてたくさんあって、そういうところがちゃんと自立できたら国に頼らず済むはずなんだけど、逆行するかのように「国が、国が」ってなってきていて。
 UDOK.を立ち上げたのは、例えば町に3、40億かけて「美術館をつくる」ってやっても、結局は土建屋と関係者しか参加できない。それで、後になって「何か新しいことを」って依存するくらいなら、30万でできるこういう小さな美術館みたいな場所が3、40ヶ所あった方が「地域の自立になるよね」という考え方で。

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UDOK.では、アーティストインレジデンスなども行われてきた。写真はNY在住のファッションデザイナー川西遼平によるプロジェクトの制作風景

 地方がある程度自立して、中央に対する依存度を下げていかないといけない。食に関しても「虎視眈々と東京に売ってる」ならいいんだけど、値段も決められて、「つくらされている」となっちゃうと違うというか。だからうみラボも、自分たちで調べて、自分たちの日常生活に落とし込んだかたちで「魚のこと、放射能汚染のことを考えよう」という意味では、「誰かに言われて」じゃなくて、自分たちで「下の方から考えていく」というか。
——問題意識を、どう現実に噛み合わせるか。
小松 僕は「日常がどういう風にできてきているのか」とか、「自分の食い物がどう自分の目の前に届いてきているか」ということを知るのが、たぶん、自立の第一歩という気がしています。
 うみラボに行っても、線量どうこうというよりも「あ、魚ってこういう風に生きてて、こうやって流通してるんだ」ということがわからないと、福島の食の問題とか、正しく理解することに繋がらないんです。
 だから線量云々よりも、「東京との距離感」だったり「流通の体制」、あとは「旬の問題」という魚全般について詳しくならないと、よくわからない。それで、放射能について調べに行ってるのに、魚について詳しくなった。
——(笑)
小松 その時に食うか、食わないかという二元論的なものじゃない。「あの人がこう言ってるからこうだ」、「あの人に反対しているあなたはこうだ」みたいなことになりがちだから、小さくても体験できる場をつくっていかないと。
——いろいろ考えやってきた先で、とても草の根でDIY的なところに行き着いた。
小松 最初にうみラボのテーマを考えた時は「DIYしかないだろう」と。
 うみラボの話に限らず、例えば「電気」だって自分たちで発電設備をつけて「あ、こんなにつくるの大変なんだ」とか、もしかしたら「意外に電気簡単じゃん」みたいな(笑)。今って電気とか「食う」、「住む」とか「暮らす」という生活の根本を誰かに放り投げちゃってますよね。だからその手触りみたいなものを、まずは取り戻すことから始めたいなと思ってます。

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DJブースが常備されているUDOK.。DJやラッパーたちが集まって即興的にライブを始めることもあるそうだ

 

(取材:平井有太)
2017.1.14 sat.


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