2017.06.08 Thu.

  ソロ活動25周年の節目に、キャリア初のラップ・アルバムを6月7日発売したDJ KRUSH氏。氏の活動がそこまで持続可能だった秘訣は何か。
 そして、音楽とエネルギーの接点となる言葉は「持続可能」だけではない。「地産地消」や「循環型」と言った言葉もそうで、特にヒップホップは「地産地消」との親和性が高い。
 全3回の最終回となる今回、最終的に「自立」というキーワードまで見え隠れするところまで話は及んだ。音楽、ヒップホップ、ラップの枠にとどまらない含蓄あるメッセージ、拡散していきますように。

 

djkrash

ソロ活動25周年、初のラップアルバム。

feat. アーティスト(読み五十音順)
R-指定
OMSB
志人
5lack
チプルソ
Meiso
RINO LATINA II
呂布カルマ

人は...地球は...宇宙は...どこから来てどこに行くのだろう。
過去...現在...未来...そこには一体何があるのだろう。
生の喜び...生の苦しみ...生の悲しみ...その先にあるものは?
アナログの時代...テクノロジーの進化...遺伝子の組み換え...
その先の未来は?

DJ KRUSHの重く厚いビートの上で国内屈指のラッパーが
言葉巧みにそれぞれの"軌跡"を繰り広げる最上のコラボレーション作品!

ーKRUSHさんは長い間世界を行脚されてきています。すると、ご自分の意志とは別に「日本」を背負わされることが多いと思います。
KRUSH まさしくその通りです。行くことで、知らない間に背負わされているということに気付くんです。パスポートは3冊目、国は50以上。でも、日本にいるとそこはわからない部分ですね。
ーそれに対して食や、それこそエネルギーも”地物”がよいとされています。そこはラップも同じだと思うんです。
KRUSH 僕の生まれは茨城県の高萩で、親父が高萩出身です。お袋は宮城県の古川ってところで生まれていて、福島に親戚がいっぱいいて。親父は僕が2歳くらいの時に東京に出てきちゃって、それからは練馬区にいます。
 そういう中で自分の国、土地を改めて考えたってのは、海外に出てから自分のところの畑を見れるようになっていて。これは出ないと、冷静に日本の国とか自分の土地、まわりの生活環境が見れなかったのは事実ですね。逆に外に出ることで、自分のところの良さ、悪い部分も含めて見えたのは確かです。
 たぶん日本の中にだけいたら、普通に、カップラーメンの蓋をいかにスムースに開けるかとか、ウォッシュレットの絶妙な水圧とか、トイレットペーパーの紙の質とか、そういうすごく細かいところがよくできてる、それは食べ物もそうですが、気づかなかったかもしれません。

djkrash

ー”地物”の良さとは?
KRUSH 難しい質問ですね(笑)。
 僕は今年で54で、今の土地に52年くらい住んでますから、隅々まで地元のことは知ってるし、そこで、地元愛も知らない間に育っているんですよね。緑が多くて、練馬大根とか(笑)、有名な和菓子もありますし、誰かにプレゼントする時は地物をちょっと自慢げに、胸張りながら、渡しちゃいますね。
 ガキの頃から悪いことも良いことも、地元のストリートで暴れてきました。「地元の警察署の連中もみんな知ってたし」みたいなところで(笑)、おのずと「地元レペゼン」ですよね。これは当時の話で今はありえないと思うけど、「お前ら悪ことするんだったら、こっから出たら違う管轄で面倒見れないから、悪いことはこの中でやれ」って、当時それを石神井警察が言ってました。
 そういう中で育ってきて、怒られたり諭されたりしてるので、面倒を見てくれた先輩方はいっぱいいるし、地元の肉屋のコロッケを食ってきたし、今やデカいスーパーになっちゃってるけど、昔は魚屋とか乾物屋みたいな、店舗のおっちゃんたちは僕らの成長をずっと見てきたわけで。バイクでグァーン!って音を出してると「うるせえ!」って怒られたりしながら。
 付近は畑ばっかりですし、ガキの頃は豚だって飼ってました。ウチは貧乏でアパート住まいで、隣の大家さんの家が豚を飼っていて、僕らは焚き火をしては真っ黒になって、焼き芋食ったり、栗も地元のもので、親父に怒られて逃げれば森に隠れたり、物事を覚えたのは、痛いも辛いも地元でした。僕自身がそこで育てられたんです。
ーエネルギーに関して、他に大事な言葉に「持続可能」というものがあります。活動をここまで持続できた肝にあるものは何でしょう?
KRUSH KRUSH POSSEを解散して一人になったことで、自分自身と向き合わざるを得なかった。MUROくん、つまり主役がいないわけで「自分、何やる?」、「ヒップホップってラップがいなきゃできないじゃん」という、大きなきっかけだったわけです。

djkrash

ー今仰ってる「解散」は、もしかしたら「自立」、「独立」という言葉に置き換えられますか?
KRUSH 本当は自立も独立もしたくなかったんだけど、そうせざるをえなかったということでしょう。そして模索して、自分しかいないので、自分の中にあるものを音にするしかなかった。あの時代に「それには、どうすればいいんだ?」って。そうなると、まわりのことなんか全然見えなかった。だから青写真を組んで、必然的に目が海外に向いたわけです。
 最初は間口の広いイギリスで認めてもらって、自信をつけて最終的にはアメリカで、その時がきたら日本刀持って行って、振りかざしてやろうと思っていました。それは「心が日本刀を出していた」ということですが、向こうの本場の連中、CL SMOOTHとか、本場の連中と曲をやって、鞘に日本刀を収めて日本に戻ってきました。
 とにかく、今あるものを一歩ずつ確実に踏んでいく。それによって結果がついてくると思っています。何かを求めていくんじゃなくて、まず目の前にあることを片付けることで、後ろについてくると思っています。25年はあっという間でしたが、やってきたからこそやることがあるし、やらなきゃいけないことが増えちゃったということもある。
 音楽はやっぱり無限です。やればやる程やりたいこと、やらなきゃいけないことが増えていく。今後もそれは増えていくし、それに100点もハナマルも全然なくて、もちろんその時々はハナマルだと思ってアルバムを出しても、時が経つと全然ダメで。その頃には違う自分が育っている、その繰り返しですよね。
 みんな僕のことを「レジェンド」とか言うけど、全然違うし、むしろ「止まってないよ」って。「君らみたいにオレもオレなりに進んでる最中だし、それは死ぬまで続く」と。100点取れなくても、そこに向かっていく過程がすごく大切で、逆に言えば「音楽」という「向かって行けるもの」をやらしてもらってる。だいたい僕は他のこと、何もできないし(笑)。
ーここまで、音楽の力に疑問や限界を感じたことは、、?
KRUSH 表現したいことが、音楽に「収まりきらない」と思ったことはありますね。でも、収めたいので(笑)。
 僕はKRUSH POSSEが解散した時、もう子どもがいました。だから、「絶対これで飯を食っていこう」と。当時昼間は地下足袋履いて、ニッカボッカで現場仕事やってたんですね。今だに思い出すけど、女房のお義父さんが鉄骨屋の親方で気の荒い人で、「こんなんで飯が食えんのか!」みたいなことを言われたり、それがすごい悔しかったけどバネになったりとか。
 子どものミルク代だって買わなきゃいけなくて、揺れたし、オレが音楽ばっかりやっちゃって稼いでこないから「離婚する」みたいな話にもなって。それで、「あと1年だけやらしてくれ」って言って、そこから一気に行ったんです。
ーお子さんの存在が大きかった。
KRUSH それもあったんですね。ミルクあげなきゃ、死んじまいますからね。だから、そういう「自立」できるきっかけを与えてくれたのは映画『WILD STYLE』、KRUSH POSSEの解散と、子どもですね。
 そう考えると、普通だな(笑)。
 その時のたうちまわるほど悩んだけど、それが今のオレになってるのかなって。逆にKRUSH POSSEがいい感じにいっちゃってたら、今のオレはいなかったのかなと思います。
ー自分自身から、そしてそれが組織や地域の自立に繋がっていくことが、もしかしたら社会を変える原動力になるやもしれません。
KRUSH あてはまらないかもしれませんが、エネルギーや原発の件も、あれでみんな「ハッ」としたんですよね。当たり前のように寄っかかってたから、僕も含めて、そんなものがなくなるなんて思ってなかったし。あれからみんなが何を考えて、どういう行動を起こすかということがすごく大事なわけですよね。
 僕自身、「今まであったものが急になくなって、どうしよう」となって、自分で考えるしかなくて、それで道をつくって25年が経ったんですが、自分が考えてきたことをみんなに残していかないといけませんね。

djkrash

ー考えるだけで終わりか、KRUSHさんのように、実際の大きな一歩を踏み出せるかが違いに繋がっていきます。
KRUSH 結局忘れちゃって、元に戻っちゃう。人間はずるいから、やっぱり「楽だ」というのがどこかにあって、それは自分も反省しなきゃいけないことは、まだまだあるかもしれない。
 人生の道はつくってきたけど、もっと大きく家族のこととか考えた時に、やらなきゃいけないことはあるでしょうね。そこに僕は手が届いてないと思います。
ー今回のアルバムで若い世代の力強い言葉に触れて、ある意味で世の中を見直した部分もありますか?
KRUSH これだけ人数が増えて、僕らが持ってない刺激が欲しいし、僕らにない切り口、発想と接するのはすごく面白い。でも、今回参加してくれた皆さんの後ろにあるものは、一曲だけでは見えてこないと思います。ほんの少しは垣間見れるのかもしれないけれど、今後彼らがどう成長して、自分の作品で何を言っていくのか、興味はすごくあります。「見続けて、聴き続けていきたいな」という気持ちです。
krash

DJ KRUSH (ディージェイ・クラッシュ)

サウンドクリエーター/DJ。選曲・ミキシングに於いて抜群のセンスを持ち、サウンドプロダクションに於ける才能が、海外のクラブ・シーンでも高く評価されている。1992年からソロ活動を精力的に行い、日本で初めてターンテーブルを楽器として操るDJとして注目を浴びる。1994年に1stアルバム『KRUSH』をリリースし、現在までに9枚のソロ・アルバムと1枚のMIXアルバム、2枚のセルフリミックスアルバムをリリース。ソロ作品はいずれも国内外の様々なチャートの上位にランクイン。現在も年間、約30カ所以上のワールドツアーを敢行している。地域を越えて、多岐に渡り高い評価を得続けるインターナショナル・アーティスト。

 

(取材:平井有太)
2017.05.11 thu.


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