2017.10.31 Tue.

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撮影:脇田亘   半分人間、半分山羊のブージュルードが住んでいたと伝えられる洞窟

  その土地のものであり続けるということ。生活の核心にあり、持続可能で、そして循環型でもあること。
 「地産地消」、「持続可能」、「循環型」という、ENECT記事で頻繁に出てくるキーワードが凝縮した文化の、ある一つの最高峰といえるカタチ。そしてそれが、人が必要とする、最低限の「豊かさ」の中から湧き出てくる事実。
 遡れば15世紀にスーフィーの聖人に発見され、21世紀に入ってからもイギリスの巨大フェス「グラストンベリー」やパリのポンピドゥー・センターに招聘され、今も世界で新たに人々の心を掴み続けている秘境の音。
 私たちに「本当に必要なこと」を語りかけてくれるジャジューカについて、来日直前鼎談、後編。
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ジャジューカ『Live In Paris』、2017年日本ツアー限定エディション。2016年9月14日パリ、ポンピドゥーセンターでの録音

—”ジャジューカ的な祭”は大抵、宗教的な祝祭の側面が強いかと思います。そもそも、どのような発祥なんでしょう?
渡邊 私たちがフェスで聴いているガイタの音楽は「ブージュルードの音楽」と呼ばれています。その「ブージュルード」というのは山羊の皮を被ったおじさんで、、
赤塚 半分人間で半分山羊という、伝説の。
渡邊 伝説ではそのブージュルードは、村から少し離れた洞窟に住んでいるんです。ある日そこに行った村人が、笛の吹き方をそのブージュルードから教わったという話が残っています。その時にブージュルードと村人は、笛を教わったことを秘密にすること、そしてブージュルードのために花嫁を探してくることを約束をしたはずだったんですが、村に戻るとその村人はすぐにその笛の吹き方を人に教えてしまって、花嫁のことも忘れていて。
 怒ったブージュルードが、山から走り降りてきて村を襲って、それをなだめるために花嫁を差し出しブージュルードを踊らせた。その時の踊りの音楽が、「ブージュルードの音楽」です。それから村の土地は豊穣になったらしいのですが、ある年から、ブージュルードが来なくなってしまった。
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撮影:脇田亘   トップのブージュルード写真は、サラーム海上氏撮影

赤塚 本来ブージュルードは毎年村に来て踊って、そうすることで村に健康な子どもは生まれるし、土地も肥えていたのに、だから困って、来なくなってしまったブージュルードを一人の村人が探しに出るんです。
 でも、結局見つからなくて、仕方がないので連れていた自分の山羊を殺し、その毛皮をまとって自らブージュルードになるという伝説があるんです。
 それで、その時にブージュルードが教えた笛が、ジャジューカの音楽のはじまりとされています。でもそれは伝説というか、神話というか。
—ジャジューカは何年続いているとされているんですか?
赤塚 8世紀頃にアラブの人たちがモロッコに入ってきたのがきっかけですが、たぶんその前からある音楽なんだとは思います。村に着いたスーフィーの聖人が、村の音楽を聴いて、これは「クレイジーマインドを治す治癒の力がある」と感じたといいます。そういうことで、結局その聖人は生涯を村で過ごして、今も祀られて、聖地になっているんです。
 それを考えると、スーフィーとして音楽はその聖人が始祖で、今から1300年くらい前の記録までが残っている音楽。でも、本当のはじまりは全然わからない。
—伺っていると、何かをきっかけに始めた音楽というよりは、大昔からずっと当たり前にあったもので、むしろやめてしまうとそれまでの豊かな暮らしが崩れるから続けている。
赤塚 昔は一週間ずっと演奏されていたとか、他には今でも結婚式とか他の儀式など、常に彼らの生活にあるものと密接に演奏されてきたんです。だから、生活や伝統が続く限りジャジューカは続く。
 来年でブライアン・ジョーンズの訪問から50年経ちます。今私たちの行っているフェスは3日間やっているのですが、人が来るようになり、それで子どもたちの教科書が買えたりとか、だから、それはある意味における収穫祭なのかもしれません。
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写真:渡邊未帆

—ジャジューカの招聘はどなたのアイディアだったんですか?
赤塚 DOMMUNEの放送時に、今回ジャジューカが静岡県掛川市で参加するFRUEというフェスの主催者の方が来ていたんです。その彼が、放送の後に「呼びたいですね」という風に話をしに来てくれて、ここまで企画を暖めてきたんです。
 それで東京もやらないともったいないし、また違う環境で演奏してもらうというのも面白い。音の聴こえ方も、「渋谷」という場所でやると変わるだろうねということで、東京公演は毎年現地に行っている私たちで企画しました。
—日本からは、毎年何人行ってるんですか?
赤塚 一番多い時で、49人中21人が日本人ということがありました。まず2013年に5人になって、その5人が「すごかった、すごかった」ってみんなに話して、イベントもやって、その翌年が21人(笑)。
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左から渡邊未帆さん、赤塚りえ子さん、鼎談が終わってから合流された山崎春美さん、フジオ・プロ勤務でりえ子さんとは20年来のお付き合いという脇田亘さん

—日本人がそんなに現地に行ったり、本来強烈に土着なものが日本に招聘されたり、それによる影響はないんでしょうか?
赤塚 彼らは、自分たちが本当に守っていくべきものをしっかりわかってらっしゃるし、フェスにはだからこそ、毎年50人しか行けないようになっています。ホテルがあるわけじゃないし、観光地でもないので、本当にアットホームで、彼らが主導するフェスでいられるようにスポンサーもつかない。だから私たちは、彼らの村にお邪魔する感じになるんです。
 非常にうまく行ってるフェスだと思います。村の奥さんがつくる、本物の現地のご飯を食べて。
 マネージャーの役割をしている方が言うには、「日本人は村にすごくアダプトしやすい」、「すごく馴染む」と驚いていて(笑)。村の子どもたちと遊んだり、サラーム(海上)さんはキッチンに入って、お母さんたちと一緒に料理をしたりとか。
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写真:渡邊未帆

—今回の来日で、日本に何が伝わればと思いますか?
赤塚 それは、それぞれ受け取ってもらえればと思います。誰もがそこに辿り着く文脈が違うし、私は、とにかくあの音のすごさを受けて欲しい、、!
渡邊 私はジャジューカ体験によって、土地に根付いた音楽のパワフルさ、ピュアさを体感しました。今回、初めて日本で公演するわけですが、その音を聴いて少しでもピンときた人は、ぜひいつの日かジャジューカ村で体験することをおすすめしたいです。
赤塚 こんなにすごい音楽に、たまたまチャンスがなくて出会ってない人はたくさんいると思うんです。私だって40年間知らなかったわけですから、そういうきっかけになって欲しいし、やっぱりこれは「体験」なわけですよね。それで体験をして、「村で聴きたい」という人がいたらそれはすごく嬉しいと思います。
—ジャジューカが強烈過ぎて、他の音楽が聴けなくなったりはしないんですか?
赤塚 あ、、でも「刺激」という意味では、これ以上で他は難しいかも(笑)。だから私は、音楽として聴いているというよりも、刺激とか、それこそ体験なんです。
 だって、「いい」とか「悪い」音楽の概念から飛んでるから。やっぱりあれは体験であって、目的は音楽の向こう側にあるものに向かうためというか。
脇田 私の場合は、さっきも言った「団結感」ですね。
赤塚 「コミュニティ」だよね。
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脇田 バンドの13人で、彼らはフォーメーションをすごくつくってくるんですよ。現代はそういうことを全部機械でやっちゃいますよね。それを「団結」というすごいアナログな方式で、とてもクリエイティブなことをしているという。だから、現代社会に足りないものがすごく凝縮されている気がします。「信頼関係」であるとか。
赤塚 しかもそれが、一番長い時で真夜中に3時間半ノンストップで、終わった後は抜け殻です。はじまる前に、私たちはみんな「これからノンストップのジェットコースター乗るぞ、、!」みたいな、そんな感じでいるんです。頭が空っぽになるから、すごく「解放される」ということかもしれませんね。
—受け取って欲しいのは、もしかしたら日常からの「解放」かもしれない。
赤塚 これだけすごい色々な、”ツワモノ”たちが魅了されてきたわけじゃないですか。
 ジャジューカを「4000年のロックンロール・バンド」って言ったのは、バロウズかティモシー・リアリーかわからないけれど、そういう「トランスのプロ」たちまでもが魅了されるということは、私なんてイチコロですよね(笑)。
 やっぱり、土地に根付いている音楽のパワーってすごい。だってそこの人々の精神から生まれているわけで、お金が目的で出てきているわけじゃなくて、自然とその場所から湧き出てきている音楽だから。
 温泉でいうところの、加水されていない源泉が地中からポコポコ湧き上がっている感じというか、、それどころか、マグマかも(笑)。
渡邊 伝統音楽を「保存しなければ」ということになると、例えばいわゆる「保存会」みたいなところで、音楽を「博物館入り」させてしまったり、「観光地化」させてしまったりと、その音楽の生き生きとした部分を逆に失わせるような、変な保存のされ方をされてしまうことがありがちです。
 でも、ジャジューカの音楽の場合、彼ら自身が村の生活の中で生きた音楽をやり続けているということが、奇跡的なことだと思います。
 それどころか訪問者である私たちを温かく受け入れてくれて、私たちにも音楽による浄化作用をもたらしてくれる。私にとっては、日本での日々の生活の心の垢が溜まって行く中、「またジャジューカがあるから頑張ろう」という風になれるのです。
 本来、日本にもそういうお祭りがあったのかもしれません。まさに「治癒のための音楽」として、私にこの音楽がもたらしてくれているものは、とても大きいです。
赤塚 現地に行って、音を聴くというよりも全身で浴びると、本当に浄化されるんです。
—毎回行かれていて、頭ですごいものとわかって行っているのに、それでもそうなる?
赤塚 そういう期待を壊されるくらいすごいです。
 あとは、ものすごくシンプルな村なんです。水は今も井戸水だし、現地ではホテルの代わりにマスターや村人の家に泊めてもらって、電気が通じたのも14年前で。
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写真:渡邊未帆

—やっとほんの少し、電力の話に(笑)
渡邊 村ではロバも現役で働いています。
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写真:渡邊未帆

赤塚 とにかく、シンプルだからこそ大切なものが見えてくるというか。
 東京っていろいろなことがあり過ぎて、情報が溢れて、本質が見えなくなってるような気がするんです。だから自分にとって何が必要で大切かしっかりわかってないと、振り回されてしまう。
 だけど村に行くと、そういうことがすごくわかるんですね。
 何が無駄なことか、生活が生きるとか死ぬ、食べるとか寝るに直結していて、自然と本当に大切なものが浮き彫りになるんです。
渡邊 人間は、どんなに環境が違っても、言葉や文化やテクノロジーにどんな発達の違いがあっても、ごはんを食べて、トイレに行って、寝て、洗濯して、体を洗って、、といったことをするという、いたって当たり前のことを体感しました。
 ただ一方で、ジャジューカの音楽の継続には、ジャジューカという土地での共同体の生活が続いて行くことが必須だということも、感じました。
赤塚 村のマスターたちが音楽できちんと生活ができて、子どもたちにとっても「マスターになりたい」と思える憧れの存在で在り続ける。
 そして、永遠に、村で日常的にこの音楽が続いて行って欲しいと思います。
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写真:渡邊未帆   マスターたち。まずは11月3日と4日、掛川で彼らに会える

(取材:平井有太)
2017.10.18 thu.


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